「天災が人災に変わった——」危機管理のプロ・佐々淳行の教訓〈1995年 阪神・淡路大震災〉

多くの死傷者を出した阪神・淡路大震災。2020年1月17日で発生から25年が経ちます。国家や組織の危機管理とは本来いかにあるべきなのか。憂国の士である(故)渡部昇一氏と、危機管理のプロ・佐々淳行氏に語っていただいた貴重な対談をご紹介いたします。

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阪神・淡路大震災での ある支店長の勇断

〈佐々〉
僕が今度の震災で感じたことを一言で言ったら、日本国民のガバナビリティー(被統治能力)の高さでした。阪神・淡路大震災の時も、神戸市民は実に立派でした。略奪もないし、整然と行列をつくって配給物資を受け取っていた。八方から手が伸びて奪い合う場面はついぞなかったんです。

しかし、東北の避難民の方は、それ以上に立派でしたね。もともと忍耐強い土地柄だし、とにかく市民のレベルが高い。日本人のガバナビリティーは世界に冠たるものがあると改めて確信しました。

〈渡部〉
こんな民族は、まぁ世界のどこにもないでしょうね。

〈佐々〉
それで一つ思い出したのは、阪神・淡路大震災の時、日銀の神戸支店長に遠藤勝裕という傑物がいたんです。ジェット機が落ちたかと思うくらいの轟音と激震に遭遇した直後、自分がこの大災害に際して何をすべきかを考え、「そうだ。俺の役割は町に紙幣を出すことだ」と気づくんですね。

日銀の支店は設備の損傷はあったが、幸いにも大金庫が無事だった。遠藤さんはそれを開けちゃうんですよ。緊急時に普通は閉める大切な金庫を、逆に開けてしまう。そしてそこにあった札束を全部取り出し、紙幣の流通を止めなかったんです。本人は「兵庫県一日分の金額が入っていた」と言っています。だから何十億円でしょう。

〈渡部〉
随分と大胆な行動ですね。

〈佐々〉
そして次は被災地の民間銀行が壊れていないかを点検するんです。そうしたら日銀のほかに一つだけ壊れていない銀行があった。すると3日後には、そこと日銀神戸支店内に、被災して休業中だった各銀行の支店の臨時窓口を開設するわけです。さらに兵庫県警本部に連絡を入れて警備を要請した。普通なら各支店に配置しなくてはいけない100~200人の警察官が2か所で済むわけだから、本部長も随分助かったと話していました。

もっと凄いのは、震災当日のうちに金融特例措置という五か条の布告を独自の判断で出したんですよ。例えば通帳や判子がなくても身分証、免許証を提示したらお金が借りられる、半焼けの紙幣は普通の紙幣と交換する、といったもので、もちろんこんなことを日銀本店や大蔵省本省がすぐに承認するわけがありません。

ところが、大蔵省の神戸財務事務所長というのがまた傑物でね。これを決裁するんです。そしてこのルールでどんどんお金を出す。

〈渡部〉
ほう。

〈佐々〉
こんな話もあります。遠藤さんが震災後、市内を視察すると、コインを持たない被災者が自動販売機を蹴っている様子を目にするんです。「そうか、物があってお金がないと暴動が起こるな」と。そこで銀行協会に申し入れて、100円玉9枚と10円玉10枚を入れた1000円の袋を4000袋つくり、避難所に行って「銀行協会からの義援金でございます」と渡して歩くんです。

〈渡部〉
いやぁ凄い話だ。初めて聞きました。その遠藤という方はその後どうなりましたか。

〈佐々〉
本当はクビだったんです。なにせ日銀のあらゆる掟を破ったわけだからね。僕は遠藤さんとは一面識もなかったんですが、解任だと聞いた時はカッときて日銀の役員に電話で談判しました。

「遠藤さんを辞めさせると聞いたけれども、本当か」
「いや、いま内部でそれが問題になっているところです」。

聞いてみると、災害に遭った地域を救済するために過去に何度かこのような超法規行為をやっていた〝札付き〟の支店長だったらしい。

日銀内部は「とんでもない日銀マンだ」「これこそ日銀の鑑」という2つの意見に分かれていて、僕はその日銀役員に「彼のような功労者をクビにするなんてとんでもない。本店に栄転させなさい」と強く言いました。それが聞き入れられたのか、遠藤さんはクビにならずに調査役になりましたよ。

〈渡部〉
僕は戦史が好きで、この70年間読み続けているんだけれども、多くの場合、戦争でも立派なのは兵隊や下士官、叩き上げの隊長たちなんです。そういう隊長たちは上のほうから命令を受けても、犬死にだと分かれば握り潰す判断力や力量を持ち合わせている。これに対して官僚的に動いている部隊は駄目ですね。全滅しています。

例えば、日本の潜水艦は一列に配備するよう命じられるのが普通でした。しかし、これでは一隻が見つかるとすべてやられるんです。それに気づいて敵の攻撃を避けようとする艦長もいました。すると、助かった艦長が罰せられる。まさに官僚主義の典型です。そんなバカなことをやっていたんですね。

天災が人災に変わる

〈佐々〉
今度の震災の悲劇は、菅さんに優秀な下士官がいないことです。高級将校と称しているメンバーが実務経験のない学者だったり昔の全共闘仲間でしょう。よくもまあ、あれだけ拾ってきたものだと感心しますね。1970年体制そのものじゃないですか。

〈渡部〉
国民のガバナビリティーは素晴らしいが、問題はガバナンス(統治能力)のほうですね。

〈佐々〉
これも大切な教訓だから申し上げておきますとね。阪神・淡路大震災の時、首相の村山富市さんも官房長官の五十嵐広三さんも地元出身の土井たか子さんも、社会党の面々はガバナンスという点でまったく駄目だった。自衛隊は憲法違反だから災害の救援に来るなという話でしょう。

〈渡部〉
自衛隊アレルギーの連中ばかりです。それに、いつまでも自衛隊に出動を要請しなかった当時の貝原俊民知事の責任も避けられません。

〈佐々〉
ただ、この時の政権は幸いにも自民党が与党に入っていたんです。役に立ったのが運輸大臣の亀井静香君でした。

アメリケアーズというアメリカ最大のボランティア組織があるんです。震災後、日本国際救援行動委員会の理事長だった僕に「ノースリッジ地震のお礼をします」と電話をかけてきた。ご存じのように阪神・淡路大震災のちょうど1年前の1994年1月17日、ロサンゼルスが震災でやられ、日本は懸命に支援したんですね。「そのお礼にジャンボ機一杯の100㌧の物資、それに8名の医師団、数百人のボランティアを連れて日本に向かう。1月23日午後1時に関西空港を開けてほしい」という電話でした。

ところが、村山さんも五十嵐さんもアメリカの恩を受けたくないという理由で申し入れを断ってしまうんです。外務大臣の河野洋平さん、彼もだらしのない男で、右へ倣えでこの話を蹴ってしまう。

それでどうしたかというと、理事長の僕が受取人になったんです。ところが、受け入れるには運輸大臣に空港を開けてもらわなくてはいけない。亀井君はあさま山荘事件で一緒に仕事をした僕の後輩ですしね。追いかけ回してなんとか自動車電話で連絡をつけました。「亀井君、君の力を借りたい。関西空港を開けてほしい。援助物資を運ばなくてはいけないが、陸路は使えない。ついては君の指揮下にある海上保安庁の巡視船とヘリコプターを手配してほしい」と。

周囲は「無理でしょう」と言っていたんですが、空港に着くと「大臣の命令により」と言って海上保安庁の隊員たちが整列して待っていて、敬礼して通してくれました。驚いたことに4隻もの巡視船とヘリコプター3機を借りることができた。その協力のおかげで、援助物資は無事、神戸の災害対策本部に送ることができたんです。

〈渡部〉
まさにお手柄でしたね。

震災の当日といえば、僕は村山さんと懇親会をやっていたんです。

〈佐々〉
ああ、知っています。新春文化人懇談会というやつね。僕はこの日の総理の行動をきちんと把握しようと皆に聞きました。村山さんのもとに第一報が入ったのが午前7時なんです。地震発生から1時間14分も経過していた。そして10時からの閣議の後、21世紀地球環境懇話会という会合に出席しています。神戸でどんどん人が焼け死んでいる時に、オゾン層を破壊するフロンガスの規制をどうするか、といったことを話し合っていたんです。神戸のことは「凄い地震だったらしいね」という程度で話題にもならなかったらしい。渡部先生たちとの懇談会もこの日だったんですね。

〈渡部〉
そう。「総理、神戸が大変なのにこんなことをしていてもいいのですか」と言ったら「大丈夫ですからどうぞ」と言って予定時間を15分もオーバーしました。

〈佐々〉
その間も自衛隊の車両やヘリはエンジンを回し、いまかいまかと指示を待っていた。天災が途中から人災に変わったんです。

(本記事は『致知』2011年6月号「新生」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇佐々淳行(さっさ・あつゆき)
昭和5年東京都生まれ。29年東京大学法学部卒業後、警察庁入庁。以来35年にわたり、警察・外務・防衛各省庁や内閣安全保障室で我が国の危機管理に従事し、東大安田講堂事件、連合赤軍あさま山荘事件などの事件処理を指揮。平成元年、昭和天皇大喪の礼警備を最後に退官。「危機管理」という言葉のワードメーカー。第54回文藝春秋読者賞、第48回菊池寛賞、第22回正論大賞受賞。13年勲二等旭日重光章受章。危機管理に関する著書多数。最新刊に『彼らが日本を滅ぼす』(幻冬舎)。

◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)
昭和5年山形県生まれ。30年上智大学文学部大学院修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。Dr.phil.,Dr.phil.h.c.平成13年から上智大学名誉教授。幅広い評論活動を展開する。著書は専門書のほかに『歴史に学ぶリーダーの研究』『論語活学』『国民の見識』『人生を創る言葉』など多数。最新刊に『名将言行録を読む』(いずれも致知出版社)。

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