カリスマ有機農家・金子美登の生き方を変えた安岡正篤師の教え

周囲を山に囲まれた埼玉県小川町で半世紀以上、有機農業に取り組んでいる霜里農場代表の金子美登さん。有機農業の先駆者として国内外から大きな注目を集めている人でもあります。道なき道を切りひらく上で常に心の支えになったのが、若き日に謦咳に接した東洋思想家・安岡正篤師の教えでした。

微生物の生息を促し安心安全な農作物を

(有機農業にはどういういきさつで関心を持たれたのですか。)

〈金子〉
最初にきっかけを与えてくれたのは、牛の胃袋でした。

私の実家は300年以上続いてきた農家で、父の代に酪農を営むようになりましてね。牛の数が4、5頭くらいまでの時は非常に健康だったのですが、数を増やして人工的な配合飼料を食べさせるようになると、乳量は増えるのに牛が弱くなってしまったんです。
 
後から分かったのですが、牛の胃袋の中というのは微生物の世界なんです。胃の中の微生物の数と種類の多い牛が元気でよい乳を出してくれるのですが、配合飼料は酸性なのでバクテリアが棲めなくなって、牛が風邪をひきやすくなったり、お産の後で立てなくなったり、健康を損ねてしまうんです。
 
土も一緒で、化学肥料や農薬を使わない自然な堆肥を使った土の中は、微生物の数と種類が多くて、いい作物ができるわけです。
 
ただ、就農した当時はそういうことはほとんど知られていませんでしたから、できたもので評価してもらうしかない。とにかくよい土づくり、よい米づくり、よい野菜づくりに懸命に取り組みました。

(よい農作物は順調に収穫できましたか。)

〈金子〉 
最初の3年から5年は随分苦労しました。けれども、次第に土壌が整ってたくさんの微生物が生息できるようになると、そこでできた農作物は、微生物が分解したものを根から吸収して、味もいいし、質もいいし、日持ちもする。化学肥料や農薬でつくった農作物とは明らかに違うんです。そうした消費者に安心して提供できる農作物が、10年くらいするとようやくコンスタントに収穫できるようになりました。

偉人たちの人間学——安岡正篤

一度掴んだら血が滲んでも離すな

(有機農業を通じて見事に地元を変革してこられたわけですが、ご自身をここまで突き動かしたものは何でしょうか)

〈金子〉 
日本有機農業研究会を主宰された一楽先生が、お亡くなりになる1月半くらい前にお電話をくださいましてね。「金子君、僕はもうダメだけど、あとを頼む」とおっしゃったんです。
 
一楽先生は農協で要職を務めた後、化学肥料や農薬の弊害を痛感して60歳で有機農業の運動を始められた方でした。私は一楽先生のその最後の言葉を自分へのご遺言と受け止めて、その志を受け継ぐ覚悟でやってきたのです。
 
そんな自分の支えになったのが、安岡正篤先生の教えでした。

(安岡先生とご縁があったのですか。)

〈金子〉 
実は、父親が安岡先生の創設された日本農士学校の第1期生でしてね。卒業後に2年ほど先生の助手を務めた後に自宅で「霜節堂」という私塾を開き、地元の若い子たちをたくさん集めて漢文や書道、剣道を教えていました。あいにく火災で焼けてしまいましたが、安岡先生には塾の看板まで書いていただくほど目をかけていただいていたようです。
 
私もそんな父の影響を受けて、若い頃にはまだご存命だった安岡先生の講座を泊まり込みで受講するなどして教えを請うていました。その時に学んだのが王陽明の「一掴一掌血(いっかくいちしょうけつ)」という言葉でした。

(一掴一掌血。)

〈金子〉 
一度掴んだら血が滲んでも離すなという教えです。これまで苦しいこともたくさんありましたが、決して揺らぐことがなかったのは、有機農業という人生を懸けるに値する事業を決して離すまいという思いがあったからです。一掴一掌血こそは、まさに変革の要諦だと私は思います。

 
(本記事は月刊『致知』2018年8月号 特集「変革する」の「静かなる実践の末に変革は成し遂げられる」より一部抜粋・編集したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載!詳しくはこちら

◇金子美登(かねこ・よしのり)
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昭和23年埼玉県生まれ。46年農林水産省の農業者大学校第1期生として卒業。地元で有機農業を始める。現在、霜里農場の経営の傍ら、小川町議会議員、NPO全国有機農業推進協議会理事長、日本農業経営大学校副理事長も務める。著書に『有機・無農薬でできる野菜づくり大事典』(成美堂出版)など。

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