全盲ろうにして世界初の大学教授・福島智さんが闇の中で感じた「言葉」と「命」

3歳で右目を、9歳で左目を失明。14歳で右耳を、18歳で遂に左耳の聴力までを失う――。光と音を喪失した世界の中で、福島智さんは何を感じ、何を見出したのでしょうか。
著書『ぼくの命は言葉とともにある』は、全盲ろうにして世界初の大学教授になった福島さんが、自らの歩みを振り返りながら、人生と幸福の意味を深く考察した一冊です。言葉やコミュニケーションは、人間にとってどのような意味を持つのか。私たちは何のために生まれてきたのか。これら人間の根源的な問いに対し、展開されていく独自の思索の軌跡に思わずはっとさせられます。そんな
同書より、コラムの一篇をご紹介します。
(本記事は致知出版社『ぼくの命は言葉とともにある』より抜粋したものです)

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私は限定のない暗闇の真空の中で呻吟していた

月を見たことがある。

満月だった。

夏の夜、金色の光輝を放つ円盤は、やけに明るく感じられた。あの曖昧な黒い影が「うさぎ」なのだろうか。神戸の実家の近くの小さな山のふもとだった。深い闇があたりにあった。周囲では虫の音がわきたっている。草むらから立ち昇る昼間の熱気を帯びた匂いが、少し息苦しいほどだ。

小学生の私はもう一度夜空を見上げる。すっと光の筋が流れた気がした。だれかに聞いたことのある「流れ星」かもしれない。私がそのとき、何か願いごとをしたかどうかは記憶にない。ただ、あの満月の明るさとコントラストをなす闇の濃さだけが、鮮やかに脳裏によみがえる。そして、宇宙はすぐそばに、手の届くところにある、そんな感覚が身内にわき上がったことを今も思い出す。

 
輝く音を聴いたことがある。

中学生のころ、初めて本格的なステレオで
サイモンとガーファンクルのレコードを聴いたときのことだ。「スカボロー・フェア」の悲しく華麗なメロディー。切ない歌声とハープシコードの高音のハーモニーに、私は確かに銀色の光輝を見た気がした。「音」には色彩があり、きらめきがある。そして、常に「時間」とともに音は流れる。光」が一瞬の認識につながる感覚だとすれば、「音」は生きた感情と共存する感覚なのかもしれない。

宇宙空間を実感したことがある。

それも、地球の「夜の側」の空間のような、ほとんど光のささない真空の世界を。「光」と「音」を失った高校生のころ、私はいきなり自分が地球上から引きはがされ、この空間に投げ込まれたように感じた。自分一人が空間のすべてを覆い尽くしてしまうような、狭くて暗く静かな「世界」。ここはどこだろう。

 〔中略〕

私は限定のない暗黒の真空の中で呻吟していた。

美しい言葉に出会ったことがある。全盲ろうの状態になって失意のうちに
学友たちのもとに戻ったとき、一人の友人が私の手のひらに指先で書いてくれた。「しさくは きみの ために ある」私が直面した過酷な運命を目の当たりにして、私に残されたもの、そして新たな意味を帯びて立ち現れたもの、すなわち「言葉と思索」の世界を、彼はさりげなく示してくれたのだった。
 
あれから二十年の時が流れた。

私の手の上を、この間、実に多くの「言葉」が通り過ぎていった。指点字や手のひらへの文字で直接語りかけた人、通訳者を通して言葉を交わした相手……。子どもたちがいた。若者がいた。女性がいて、男性がいた。障害をもつ人。強くたくましい、なのに、突然病に倒れた人がいた。さまざまな国の人、肌の色の人がいた。そして、そのうちの少なからぬ人たちが、今はもうこの世にいない。

「光」が認識につながり、
「音」が感情につながるとすれば、
「言葉」は魂と結びつく働きをするのだと思う。

私が幽閉された「暗黒の真空」から私を解放してくれたものが「言葉」であり、私の魂に命を吹き込んでくれたものも「言葉」だった。私は今、「言葉」によって組み立てられたさまざまな概念と、多様で複雑な現実の諸事象との相互作用のなかに生まれる、新たな思想と知の世界をくみ上げていく仕事に就いている。

おそらく、これは何ものかが意図した一つの流れに沿う生き方なのだと思っている。


(本記事は致知出版社『ぼくの命は言葉とともにある』より抜粋したものです)

◉令和4年11月、福島智さんと、その人生を献身的に支えてきた母・令子さんの実話をもとにした映画『桜色の風が咲く』が劇場公開されます。

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2022年現在➑刷のロングセラー
感動の声、続々!

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福島先生の生きる苦悩の中から生み出された、生きる意味、そして、幸福への道筋を是非読んでもらいたいと思います。今年のベスト1です。
――井戸書店社長・森忠延様

極限状態にいる人、そういう人を目の前にして、何もできずに立ちすくんでいる人、そういう人たちにとりわけ読んでほしい。
――『読売新聞』

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目 次
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プロローグ「盲ろう」の世界を生きるということ
第一章   静かなる戦場で
第二章   人間は自分たちが思っているほど強い存在ではない
第三章   今この一瞬も戦闘状態、私の人生を支える命ある言葉
第四章   生きる力と勇気の多くを、読書が与えてくれた
第五章   再生を支えてくれた家族と友と、永遠なるものと
第六章   盲ろう者の視点で考える幸福の姿

……………………………………
『ぼくの命は言葉とともにある』
福島智・著
定価=本体1,600円+税

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