ノーベル平和賞に最も近い日本人 “ビルマのゼロファイター” 井本勝幸

70年にも及ぶ紛争状態にあったミャンマーに単身乗り込み、2015年に和平実現の道筋をつけるという偉業を成し遂げたのが井本勝幸さんです。数々の修羅を潜り抜け、現地の方々の信頼を勝ち取った歩みをお話しいただきました。

言葉を失ったミャンマーでのある光景

長きにわたって国際支援活動に身を投じてこられた井本さんですが、その原動力はご自身にある「好奇心」だとおっしゃっています。

「原動力となると、それは私自身の中にある好奇心ですね。『知りたい』『なぜそうなったのか分かりたい』。そこから始まっていると思います。

例えば、ちょうど私が子どもの頃にベトナム戦争が行われていましてね。そのせいでベトナムはしっちゃかめっちゃかでしたが、片や日本は高度経済成長期で、私はそれに乗って育ったんです。そこに、私は疑問を感じた。同じ時代を生きる人間が、なぜこうも違うんだと。そこにはコインの裏表のような関係があるわけですが、私はそこに目覚めていきました。

さらに私の視野を大きく広げてくれたのは、二十代の頃に訪れたアフリカのソマリアです。ソマリアでは、ちょうど私が行った直後に革命が起こるんですよ。でも、それって超大国アメリカが糸を引いてやったことなんです。その後、アメリカはサウジアラビアを同盟国に引き込んだ上で、湾岸戦争、イラク戦争を経て石油の利権を確かなものにしていきました。

そうした大国の思惑が渦巻く中、援助活動というのは彼らにとって飴と鞭のうち飴の部分に当たることがだんだんと見えてきた。つまり、我われは援助活動を正しいことだと思わされてきただけで、実は踊らされているのではないかと感じるようになったんです。もっと目を肥やして、知見を深めなければいけない。そう思ったのが、ソマリアでの体験でしたね」

そんな井本さんが、ミャンマーの和平実現に本腰を入れるきっかけとなったのが、ミャンマー国内で行われていた紛争の現場でした。

「私が連れて行かれたのは国境に近い山の上で、そこから近くの村が見渡せました。その村は既に国軍に襲われていて、焼き討ちが行われていました。若い男たちはジャングルでゲリラ戦をやっているでしょう。村に残されていたのは老人や子供、女性だけでしたから、村人たちは国軍たちの手で情け容赦なく殺され、若い女性は捕まえられてレイプされる。近くの川を渡ってタイ側に逃げようとしても、タイ軍に押し返されたところを撃ち殺されてしまう。

 私はその光景に言葉を失いました。自分がいままでやってきた国際支援とは一体何だったのだろうかと、完全に打ちのめされました。日本に帰ってからも、しばらくはその時の光景が頭から離れなくなってしまったんですよ」

誰が反対しても自分はやる、という覚悟

実際、現地に飛び込むにあたっては、井本さんは一度全部を捨てるという決断をして、それを実行しています。その理由を次のように説明しています。

「地位も財産も家族も、私は全部捨てました。子どももいましたけど、妻を説得して最低限生活に必要なお金だけを残して、ミャンマーに飛び込んだんです。

お釈迦様もそうですよね。悟りを求めて、若くして王位を捨てて裸一貫で旅に出た。それと一緒ですよ。お経にも『よく捨てる者こそ、よく得る』という教えがあって、それを私は40代後半で実際にやってみたんです」

約4年にわたる奮闘の末、遂に和平実現の道筋をつけた井本さんですが、ご自身にとっては、挑戦こそが意義あるものだという考えでいらしたそうです。

「私は神仏っていうのは人間に課題を与えるものの、それを「解決させよう」とか『成功させよう』とかいうのではなく、むしろそういった課題に挑戦することを望んでいると思うんですね。

例えば、ミャンマーの問題だって、本当はものすごく根深い問題なんです。70年この方殺し合いをやってきた人同士が、『はい、明日から仲良くしようぜ』っていうのは絶対にありえない。一世代、二世代では消えないくらいの恨みが残っているんですよ。

だからとても簡単には解決できない問題なんです。それでも私は挑戦しました。私はそれが神仏の望みに適うことだと信じていましたし、そうすることで人は中から輝き始めると思うんですよ」

井本さんは、覚悟した人間が一人でもいれば、どんな組織や活動でも必ず成功すると話されています。腹を括ってミャンマーの和平実現への道を歩み続ける井本さんの生き方に教えられることがたくさんあります。

(本記事は『致知』最新号2018年9月号 特集「内発力」より一部抜粋したものです。各界リーダーもご購読、人間力・仕事力を高める記事が満載の『致知』最新号はこちらから)

◇井本 勝幸(いもと・かつゆき)

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昭和39年福岡県生まれ。東京農業大学卒業後、日本国際ボランティアセンターでソマリア、タイ・カンボジア国境の難民支援に関わる。28歳で出家。福岡県朝倉市の四恩山・報恩寺副住職としてアジアの仏教徒20か国を網羅する助け合いのネットワークを構築。平成23年より単身で反政府ビルマ少数民族地域へ。UNFC(統一民族連邦評議会)コンサルタントを経て、現在、日本ミャンマー未来会議代表を務める。

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