知られざる明治維新の立役者、横井小楠の生き方に学ぶ

強大な西洋近代文明の脅威に直面した幕末日本。未曾有の国難に誰もが浮き足立つ中、驚くべき先見の明を発揮して国の進むべき道を指し示した英傑、その一人が横井小楠です。
内憂外患の現代日本に生きる我われが、小楠の高い志に学ぶべきものとは何か。東洋思想研究家として各界のリーダーから師と仰がれる田口佳史氏に、その要訣をお話しいただきました。

悲惨な運命を覆すために政治はある

横井小楠は1809(文化6)年、肥後国熊本城下の内坪井町に、熊本藩士である横井時直の次男として生まれました。

江戸時代の次、三男というのは、文武でよほど秀でた力がない限り、兄の庇護の下、厄介者とか部屋住みと呼ばれ、一生細々と生きるほか道がありませんでした。しかし小楠は子供の頃から、悲惨な運命をそのまま受け入れるしかないのであれば、政治がないのと同じ。自らの悲惨な運命を覆そうと決意し、十歳で藩校の時習館へ入学して猛勉強を始めました。

13歳の時には親友の下津休也と、二人で力を合わせて理想国家をつくろうと語り合っていたそうですが、努力の甲斐あってメキメキ頭角を現し、塾生の最高位である居寮長となって江戸遊学を許されました。

ところが酒癖の悪かった小楠は、宴席で雄藩の藩士と議論し、徹底的に打ち負かしてしまったことで恨みを買い、トラブルを恐れた江戸の留守居役によって無理やり処罰の対象とされて帰国させられました。

明るい未来が閉ざされた上に、経歴に傷がついた小楠。さぞかし落胆しているかと思いきや、彼はこの天は我が物だと言わんばかりの気宇で暮らしていたのです。小楠は訪ねてきた知人に次のように言っています。

かつて朱子の書をよみ、その旨を会するあるがごとし。致知もとより軽からず。重んずるところは実履にあり。静裡に閒気をやしなひ、動処に天理を察す。須臾も道をはなれず。ここにいたれば、これ達士
(かつては朱子の書を読み、その主旨とするところを会得した。そこで思うは、朱子の説く致知こそ軽んじてはいけない。重視するのはその実践だ。静に広い心を養い、動に天理を推察する。少しの間も道を離れることはない。そうした人格に至る達士を目指そう)

われは愛す陶靖節、貧践も憂ふるところにあらず。窮居して書巻にたいすれば、襟懐はおのづから悠々たり。あしたに仁義に生くれば、夕ベに死すともまた何をか求めん。この人まことに千古、清気斗牛をつく
(私が親愛する陶淵明は、貧しく下層の暮らしにも何の憂うところもない。ひとたび自室で古典を開き対すれば、心のうちは自然と悠々たるものになる。朝に仁義の真髄を実践できれば、夕刻に死んだとしても何の不足があろうか。陶淵明こそまことの永遠の達士、その清らかな気は天の星にも達するほどだ)

時に小楠32歳。人間というのは、苦衷の時にこそ本質が出るものですが、この小楠の意気軒昂な様子はどうでしょうか。まさに青雲の志を体現する心意気が窺えるというものです。

「国是三論」に基づく近代化

小楠の福井藩における業績としてまず挙げられるのが「国是三論」です。

小楠はここで貿易による富国、海軍の確立による強兵、古代の理想国家である堯・舜・禹の治世に学ぶ士道の重要性を説きました。
その中で六府、三事がしっかり行き渡っている社会であることが大切であると主張し、その出典である『書経』の深掘りをするのです。

六府とは水・火(エネルギー)・金(財)・木(木材)・土(インフラ)・穀(穀物)、三事とは正徳(正しい徳)、利用(無駄なくよく用いること)、厚生(人に厚く、命を尊ぶこと)を表しています。つまり物資を豊かにし、自己の最善をもって他者に尽くしきる精神風土がしっかり備わってこそ国も繁栄していくと説いているのです。

小楠は、これを単なる理論理屈に止めておくことなく、越前物産総会所という藩内物産の専売所を開いて相当な実績を挙げ、さらに長崎に越前屋という交易会社をつくって生糸の輸出で藩に莫大な利益をもたらしてみせたのです。

その後、藩主・松平春嶽が幕政改革に携わることになり、意見を求められて小楠が説いたのが「国是七条」でした。

小楠はそこで、参勤交代の中止と大名妻子の帰国、外様・譜代を問わず有能な人物を登用し、意見の交流を自由にすることや、海軍を興して兵力を強くすること、政治直轄の貿易の推進などを献策しましたが、この「国是七条」は、後の「五箇条の御誓文」や坂本龍馬の「船中八策」など、様々な政策に影響を及ぼしています。

これほどの実績を挙げたにもかかわらず、福井には小楠を顕彰するものは豊富に残っていません。

小楠は熊本の人であり、他国の人間の実績を持てはやしては福井の名折れになると考えたのでしょうか。故郷の熊本でも功績を讃えるものは多くありません。

未曾有の大転換期に直面するいまこそ、小楠の説いた西洋文明を包括するほどの理想主義的儒教の精神に立ち返る必要性を、私は強く実感しています。

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(本記事は『致知』2017年1月号 特集「青雲の志」より一部を抜粋・編集したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載!詳細・お申込みはこちら

田口佳史(たぐち・よしふみ)
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昭和17年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、日本映画社入社。47年イメージプランを創業。著書に『貞観政要講義』(光文社)『超訳孫子の兵法』(三笠書房)『リーダーに大切な「自分の軸」をつくる』(かんき出版)『清く美しい流れ』(PHP研究所)など多数。

横井小楠(よこい・しょうなん)
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文化6(1809)年熊本生まれ。儒学者・政治思想家。安政5(1858)年福井藩に招かれて政治顧問になる。万延元(1860)年「国是三論」を著す。文久2(1862)年幕府政事総裁職となった松平慶永(春獄)のブレーンとして活躍。翌年帰藩するが、江戸での刺客事件による「士道忘却」の罪名で失脚。維新政権下で参与に起用されたが、明治2(1869)年京都で暗殺された。

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