ゴジラ・松井秀喜の恩師が明かす「5打席連続敬遠」秘話

2018年1月、史上最年少43歳7か月で野球殿堂入りを果たした元巨人・米ヤンキースの松井秀喜さん。同年行われたオールスター戦の試合前にその表彰式が行われ、ファンから盛大な祝福を受けました。
日米通算507本塁打を放ち、球史にその名を残す松井さんが“生涯の師”と仰いでいるのが、星陵高校野球部元監督の山下智茂さんです。当時話題となった「5打席連続敬遠」の裏に秘められたエピソードをお話しいただきました。
※インタビュー内容は2004年当時のもの

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俺は変わらなければならない

(猛烈な執念と努力が実を結び、長年のライバル校に打ち勝って)

〈山下〉
本当の格闘はそれからです。しばらくは甲子園に出たり出なかったりでしたが、(昭和)61年から4年間はまったく出場できなくなったのです。出口のないトンネルに入り込んだようでした。

――スランプに陥った。

〈山下〉
ええ。勝てないだけでも参っているのに、毎日無言電話がかかってきて、ひどい日は何十回以上かけてくる。「殺しに行くぞ」なんていうのもあったから、夜も眠れませんでした。

――そんなことを一体誰が……。

〈山下〉
分からないです。熱烈過ぎるファンなのかなぁ。精神的に追い詰められて体重は減る一方ですが、病院に行けば行ったで「星稜の山下が病気だ」とまた噂になる。考えた末、知り合いの産婦人科に見舞いに行くように見せかけ、点滴を打ってもらっていました。

――その長いトンネルからどのようにして抜け出されたのですか。

〈山下〉
3年間負け続けた時、初めて練習を休みにして、サッカー部の顧問とサイパンへ行ったんです。そうしたら向こうの子どもたちは、大らかで伸び伸びしていてイキイキしているんですよね。「俺は生徒に難しいことばかり教えてきたのかな」と思いました。

「山下のスパルタ」といえば、高校野球で知らない人はいないくらい有名で、とにかく勝ちたいからレベルの高いことを教える。生徒は消化不良を起こして負ける。負けると怒って、もっとレベルの高いことを教える。そんなことの繰り返しでした。

――悪循環だったと。

〈山下〉
ええ。それに自分が一からチームをつくって、若くして甲子園に出場したから驕りがあって、「俺の言うことを聞いていれば間違いないんだ!!」というような気持ちがあったんですね。ああ、俺は目線を下げなければならない。生徒を強くする前に自分が変わらなければならないんだと思いました。

それからは、本当に自分との闘いでしたね。寒い冬が来れば、膝丈くらいに積もった雪を掻き分けながら、「俺は変わるんや、心を変えるんや」とつぶやいて朝一番に学校へ行っていました。

季節が変わって春が来て、暑い夏が来る頃には「心が変わったら行動も変わるんや。そうすれば習慣も変わっていくんや」と心の中で叫んでいた。そうして次の言葉が生まれたのです。
 
 心が変われば行動が変わる
 行動が変われば習慣が変わる
 習慣が変われば人格が変わる
 人格が変われば運命が変わる
 
時同じくして、平成2年に松井秀喜が入学してきました。松井という逸材と出会い、もう一度本気で全国制覇を目指そうと思いました。言ってみれば、僕の運命を変えた出会いでした。

球界最高のレベルを目指すなら

――高校時代の松井秀喜選手はいかがでしたか?

〈山下〉
いまでも忘れられないのが、入学した日、「おめでとう」と言って握手した時のことです。手が象の皮膚のように硬くひび割れていたのです。

ちょっとやそっとの素振りではああはなりません。こいつ、どんだけ練習してんのや、とこっちが驚くほどでした。才能もあったけど、才能を生かすための努力を怠りませんでした。

それにご両親もしっかりした方々で、3年間で松井の両親と話したのは3回しかないんです。

まず入学に際して「よろしくお願いします」。

ドラフトの時、「先生、相談に乗ってやってください」。

そして卒業の時、「3年間どうもありがとうございました」の3回です。

野球部の中には「監督さん、なぜうちの子を試合で使ってくれないの?」「なんでうちの子ばかり叱られるの?」と言ってこられる親御さんもいますが、松井の両親は100%息子を信じ、学校を信じてくださっていたから、一切口出しはなさいませんでした。

――松井選手とはいまでも親交があると伺っています。

〈山下〉
義理堅いから、こっちに帰ってくると必ず挨拶に来るんです。で、来るたびに僕が読んで「いいな」と思った本を彼に渡しています。彼は高校時代、電車で1時間かかる町から通っていたのですが、行き帰りで本を読むように勧めました。

最初は野球が上手くなってほしいから野球の本を読ませていましたが、次第に『宮本武蔵』や『徳川家康』などの歴史小説を薦め、最後は中国の歴史書とか哲学書を読ませました。

プラトンとかアリストテレスとか。本を読めば知識が広がるだけじゃなくて、集中力が高まるんです。それは打席に立って発揮する集中力に繋がるんですね。

それに彼にはただのホームランバッターではなく、王・長嶋に次ぐ本物のスターになってほしかったから、「日本一のバッターを目指すなら心も日本一になれ」といつも言っていました。彼は最後の夏の甲子園で話題になったでしょう。

――5打席連続敬遠されても、平然と一塁に走っていった試合ですね。

〈山下〉
実はあの前年、高校選抜で一緒に台湾に行ったんです。現地の審判だから当然台湾びいきで、顔の前を通ったような球もストライクにする。松井は頭に来て、三振するとバットを地面に叩きつけたんです。その時、

「おまえは日の丸をつけて来ているんだ。石川代表じゃない。球界最高のレベルを目指すなら、知徳体の揃った選手になれ」

と懇々と話をしました。

――先生のお話を翌年にはしっかりと理解されていたんですね。

〈山下〉
ええ。彼がいた3年間は甲子園に連続出場できたし、最後の国体では優勝もしました。スケールの大きな夢を追いかけた楽しい3年間でした。


(本記事は月刊『致知』2004年5月号 特集「人間の詩」より一部抜粋・編集したものです) 

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◇山下智茂(やました・ともしげ)
昭和20年石川県生まれ。42年駒澤大学卒業後、星陵高校に赴任。稲置学園理事、金沢星稜大学特任教授、星稜高等学校野球部名誉監督。甲子園歴史館顧問。2005年9月1日まで野球部監督を務めた。

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