松下幸之助の「人生と経営」を凝縮した2つの言葉

個人店を一代で1兆円企業へと育て上げた経営の神様・松下幸之助。経営環境が激しく変化し、会社の舵取りが難しいいま、改めてその教えを学ぼうとする機運が高まっています。松下幸之助の謦咳に接してきたPHP研究所客員の岩井虔(けん)さんと、志ネットワーク「青年塾」代表の上甲晃(あきら)さんに〝経営の神様〟の真髄を語っていただきました。

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マイナスをプラスに転じ続ける

〈岩井〉
松下幸之助所長の思い出といえば、こういうこともありました。

PHP研究所の再開当時は所員11名で、日々の研究会も所長を中心に和気藹々としておりましたが、ある時、松下幸之助の親友が亡くなり、幸之助が弔辞を述べることになりました。弔辞の作成もPHPのほうでやっておりまして、親友の面影を追いながら、とてもいいものになったんです。

岩井虔さん

夕方、所長も帰り、「やれやれ」と思って私も下宿に戻りました。ところが、夜中、上司がやってきて「ちょっと会社に来てほしい」と。

聞いてみると、自宅に帰って弔辞を読み返した所長は、親友のいろいろな思い出が甦ってきて、さらにここを直そう、あそこも直そうとハサミで弔辞を切り貼りする中でまとまりがつかないようになった、ということでした。 

当時のPHP研究所は、真々庵(しんしんあん)という屋敷が仕事場でしたが、そこの茶室に真夜中に籠もりまして、座卓に座り、小筆を手にして一所懸命清書しました。眠気を抑えながらも、松下幸之助の親友に対する礼儀と申しますか、「温かい人だな」とつくづく感じたものです。 

〈上甲〉
周囲への深い愛情が読み取れるような逸話ですね。 

〈岩井〉
もう一つ、思い出すのは本人が古希(こき)を迎えた時、研究所に1枚の紙片を持ってきました。研究員全員にコピーして配ると、「岩井君、読んでくれ」と言って読まされたのが、「青春」という詩でした。 

〈上甲〉
サミュエル・ウルマンの。 

〈岩井〉
ええ。皆が「いい詩ですね」と言うと、松下幸之助は

「そうやろう。実はワシと一緒に仕事をしてくださった友達もだんだん年を取ってきた。何か励ますものはないかと探していたんだが、この詩はええなぁ」と。 

「ただ、この詩は長すぎる。これをもう少し短こうしてな、それを差し上げたい。きょうはそれを手伝ってほしい」

というのが、私どもへの指示でした。その作業を終えまして「これでいい」というふうになったのが次の言葉です。 

「青春とは心の若さである。信念と希望にあふれ、勇気にみちて日に新たな活動を続けるかぎり、青春は永遠にその人のものである」 

数々のマイナスの条件をプラスに転じていったのが松下幸之助の人生でした。そのために心の若さ、前向きさを常に大切にした人でもありました。 

松下幸之助を象徴する言葉を選べと言われたら、私はこの「青春」「素直」という言葉を挙げたいと思います。 

〈上甲〉
私は最近、松下幸之助の本を読むと新鮮な感覚とでもいうのか、その思いが手に取るように分かる気がし始めたんです。 

例えば、いま岩井さんがおっしゃった「素直」という言葉。これも新入社員の頃はピンときませんでした。「上司の言うことを黙って聞けと言うことか」と(笑)。 

しかし、70歳を超えたいまは受け止め方が全然違うんですね。それは例えば富士山を登る時に2合目で見る景色と、7合目まで登って見る景色は違うのとよく似ていると思います。2合目は20代、7合目は70代と考えるなら、20代と70代では同じ言葉に対する受け止め方が全然違うことに気づき始めたのです。

〈岩井〉
上甲さんは「素直」という言葉を、どのように受け止められていますか。

上甲晃さん

〈上甲〉
真理に素直になれ、そうしたら物事はすべて上手くいく。そういう意味だと思っています。そう考えるとこの短い2文字に深遠なる意味が込められているように思うんです。

松下幸之助自身、宇宙の生成発展には根源の力が働いている、と言っています。私もそれを頭では分かっているつもりでしたが、70歳を過ぎて深い意味が身にしみる。そのように思うと、「青春」ではありませんが、年を取ることはいいことだなと感じますね。 


(本記事は月刊『致知』2015年8月号 特集「力闘向上」より一部抜粋・編集したものです)

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◇岩井虔(いわい・けん)
昭和11年満州ハルピン生まれ。千葉県、徳島県で育つ。33年京都大学卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)入社。36年PHP研究所へ出向し、研究、編集、国際、研修部門を担当する。平成4年同専務取締役・研修局長、9年顧問を経て、現在客員。著書に『松下幸之助 元気と勇気がわいてくる話』(PHP文庫)がある。

 ◇上甲晃(じょうこう・あきら)
昭和16年大阪府生まれ。40年京都大学卒業と同時に松下電器産業(現・パナソニック)入社。広報、電子レンジ販売などを担当し、56年松下政経塾に出向。理事・塾頭、常務理事・副塾長を歴任。平成8年松下電器産業を退職、志ネットワーク社を設立。翌年、青年塾を創設。著書に『志のみ持参』『志を教える』(いずれも致知出版社)など。

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