花王の成功事例に学ぶ組織マネジメントの手法とは

花王の「中興の祖」と謳われる丸田芳郎氏。「ソフィーナ」「バブ」「メリーズ」「アタック」「エコナ・クッキングオイル」など、ヒット商品を次々に発売した日本を代表する名経営者である。コンピュータの黎明期である1980年代に社内に導入を決定し、「働き方」「仕事の質」を大きく変革させてきた氏の経営手腕・経営哲学には目を見張るものがある。AIという新たな技術が登場したいまこそ学びたい、生きた体験談をご紹介。

組織の壁をなくしたら、従来の仕事がなくなり、新たな仕事が生まれた

会社というのは大勢の人の集まっているところですから、それがうまくいくのとうまくいかないのとでは、うんと差が出てくるんですね。

 結局、一番怖いのは組織の縦制ですね。これが一番いけない。で、おもしろいのはね、おととしの7月ごろですか、どうもよく考えてみると、これだけコンピュータが発達したのに、本社の中に販売管理部というのがある。それと生産管理部というのがある。これは一体、どういう仕事をしているのか。ちょっと、これはおかしいということに私が気がつきましてね。

というのは、地方に販社があって、その販社の上に支店があるわけですね。全国に9か所ある。その支店で来月はなんぼ売るということを集めてきましてね、それを本社へ持ってくるわけです。すると、本社の販売管理部で、来月はこれだけ売りますというのを集計して、それを生産に持っていく。で、生産管理ではこれだけ売るから、これだけ作ってくれとやる。それで、ずうっとやってきたわけですがね。

しかし、例えば、北海道なら北海道でシャンプーはどこの工場が作ってるとか、およそのテリトリーがあるわけですよ。だから、本部でなしに、その生産現場にシャンプーならシャンプーを明日いくら作るということを直接いえばね、管理部は要らない。それでやってみたらどうかということでやりましたら、最初はぶーぶーいってましたが、ここにね、なんと240人いたわけですよ、人が。

 これは昔の制度です。コンピュータができたら、そんな必要はないわけですね。それに、まったく気がつかなかったんです。

で、全部廃止してしまった。そしたら240人の人が余る。で、また不思議なことにね、そうなると、情報がより手短になるわけで、今度は来月でなしに来週どうしようかという話になる。

 実は来週、こういうイベントを始めるから1,000個追加してくれとか、それは再来週の火曜と木曜にいるから、それに間に合うようにしてくれというような話になりますとね。そうすると、それまでは大体2か月半くらいあった在庫が、いまはおそらく、0.7か月ぐらいになっています。

そうすると、約600億か700億ぐらいのものを、いままでは不必要に持っていたってことになる。そういうことに気がついたら、今度はあっちこっちに、そういう問題が出てきましてね。私のとこはいま社員が7,500人で、そのうちオペレーター、昔、職工といった人たちが4,500人おるんですが、みなで知恵を絞り合って、いままでと物の考え方を変えてみようといってやりましたらね、2,500人余ってきたわけですね。

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クリエイティブな仕事を生みだす

それはね、いままで縦割制でやってきたという古い習慣があるから、コンピュータという非常に便利な、情報をどんどん、誰にでも利用できるようになっているのに、それを上手に駆使することに、いままで気がつかなかったんですね。それに気づいてみると、なんで、こんな無駄なことをしとったかというぐらいね、人の無駄がある。

大革命です。初めは、ちょっと抵抗がありました。首を切られりゃせんかというような不安とかね。とくに和歌山あたりは人が多いですから、県知事あたりまでが心配しましてね。だから、そんな心配しなさんと()

その余剰人員をどうしようということで、コンピュータの学校をつくったりね。新しい販売会社をつくったり、印刷の会社なんかも、この東京工場の中へつくりましてね、一切のポスターとか印刷は全部うちでやろう、と()。これは、まったく新しい一つの創造なんですよね。

ともかく、その2,500人の人が新しい仕事につきますとね、もっと元気が出てくるんです。目が光ってくるんです。いままではつまらん仕事をやっとったやつが、今度は自分で物を考える力が出てくる。そういうふうにして、いま配置転換をしながら、もっといい仕事をやろうじゃないかと、会社の中、いま沸き立っています。

(※この記事は『致知』1988年10月号特集「個性的リーダー」より一部抜粋、編集したものです。40年の歴史が詰まった『致知』だからこそ紹介できる、仕事や人生のヒントを毎月お届けします!『致知』をもっと知りたい方はこちらから

 ◇丸田芳郎(まるた・よしお)

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大正31216日、長野市生まれ、69歳。昭和103月、桐生高等工業学校(現在の群馬大学)応用化学科卒業、花王石鹸の前身の一つである大日本油脂に入社。花王石鹸では技術畑が長く、31年常務、43年専務、44年副社長を経て4610月、社長就任。23年に京都大学から、工学博士号を取得、555月から2年間、日本化学工業協会会長を務めた。平成1891歳で死去。

 

 

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