「最も非生産的で、問題が解決しない考え方」とは? ゴールドラットジャパン CEO・岸良裕司が京セラ時代に掴んだもの

ビジネス書の世界的なベストセラーとして知られる『ザ・ゴール』の著者・ゴールドラット博士。その博士の思索に大きな影響を与えた一人といわれている岸良裕司さんは、独自の改革手法を駆使し、さまざまな問題を抱えた企業や行政団体などを、短期間で劇的に変化させてきました。ご自身の原点ともいえる京セラ在籍時に、岸良さんが掴んだものとはなんだったのでしょうか。

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「会社はなぜ自分を雇ったのか?」という問い

〈岸良〉
努力の甲斐あってそこそこ職場の戦力にもなってきた頃だった。先輩が何気なく口にした一言に、僕は大変なショックを受けることになる。「京セラは所詮、他の企業に言われたものをつくっている請負会社だ。“請負”って漢字で書いてみろ。請けて負ける、と書くだろう? 最初から負けている業界なんだよ、うちは」。 

せっかく軌道に乗ってきたと思っていた矢先、僕の気持ちは完全にへし折られてしまい、そのショックは根深く残ることとなった。当時の京セラのビジネスは確かに部品が中心、完成品はほんの僅かだった。しかし、だからといって希望に燃えた新入社員をこんな気持ちにさせていいものだろうか。

この時に僕は、自分は絶対そういう先輩社員にはならないと決意した。そして、なぜ会社が自分を雇ったのかを考えるようになった。もし京セラになんの問題もなく、いまの状態のまま満足していたとすればどうだろう。新しく人を雇おうとするだろうか。

あれをしたいこれをしたい、将来こんなことをしてみたいが、いまのままじゃやれない……、だからこそ人を雇うんじゃないだろうか。

そう思い至った時、僕が一刻も早く先輩たちの戦力になりたいと願っていたのは間違いで、本当は一刻も早く「先輩たちができなかったこと」をやらなければいけなかったのだと気がついた。つまりそれまでは雇われる側の立場からばかり考えていたが、初めて、雇う側の立場になって考えることができたのである。

そして先輩たちの手の届かなかったこととはなんだろうと考えてみた結果、京セラの部品シェアがゼロだった米国のA社のビジネスを、ナンバーワンのシェアにしようと決意した。入社からまだ間もない25、6歳でのことだった。

次々とシェア100%に

最初に僕が考えたのは、競合他社ができて、なぜ京セラにはできないのかというシンプルなこと。周りの人に聞くと「ライバル会社のほうが技術力があるから」だの、「うちの会社が接待に連れていなかったから」だのといろいろな理由が聞かれたが、本当にそうなのかと調べてみたら、どれも皆、根も葉もない噂話にすぎないことが分かった。要は本気で取り組む人がいなかったのである。

他社ができるのに京セラにできないわけがない。どうしてもナンバーワンにするんだと遮二無二になっている僕に、経営幹部から現場に至るまで皆が協力してくれ、その結果、長年ゼロだったシェアは数か月で100%になり、上層部も非常に喜んでくださった。

これに自信を得た僕はシェアゼロの客先ばかりを集めてきて、いずれも数か月でシェアをことごとく奪っていく。上手くいかなければ「そんなはずがない!」、工場に乗り込み、徹夜して、現場で激論を交わすこともしばしば。現場との間に生じる軋轢は凄まじかったが、成果はどんどん出てくる。やがて稲盛さんにも面談のチャンスをいただき、「こういう奴がいると危ないなぁ。競合他社にシェアをあげられなくなってしまうじゃないか(笑)。おまえが歩いた後はペンペン草も生えない」という言葉までいただいた。

だが、ここからが茨の道の始まりだった。同僚も上司もお構いなく言いたいことを言い、相手をラリアットでぶっ潰すような真似をしていた僕は「岸良は仕事はできるが、人間的にはいかがなものか」というレッテルを張られていた。

飲み会のたびに「おまえもいい加減、大人になれ」と上司から説教を食らうものの、内心では「あんたのようになりたくない」と反発している。ただ一方で、何かがおかしいと自分自身、悶々としていたことも事実だった。

最も非生産的な考え方とは?

初めから会社を悪くしようと思っている人なんて一人もいない。共通の思いは必ずあるはずだ。その思いに向かって高いレベルの解決策を考えて皆で助け合う。これは京セラだけでなく、どの組織にも通用することだと確信するようになったのは、僕が独立をしてからのことだった。「和を以て貴しとなす」という精神文化は、いまも日本の企業に確かに根づいているのである。

稲盛さんは「私にもできるのだから皆にもできる」と常日頃語っていた。だが、僕は新入社員の頃、自分が稲盛さんのような凄い人になれるとは到底思えなかった。

でもある時、稲盛さんのような偉大な人が存在しているからには、必ず何かの理由があるはずだと考えるようになった。要するに「あの人だからできる」という考え方をやめたのである。「あの人だからできる」と定義すると、学びがそこで止まってしまうからだ。

大好きだった京セラを飛び出したのは43歳。現在様々な赤字企業や問題を抱えた組織の経営コンサルティングをさせてもらっている。相談の中身はそれぞれに異なるが、何か問題があって、ずっと解決しない時には必ず一つの共通した症状がある。それは〝人のせいにする〟ということだ。

「あそこの会社は力があるから」「うちには人材がいないから」といったように「○○のせいだ」という言葉が必ずどこかに出ている。

いつも僕は同じ質問をする。

「人のせいにして問題は解決しますか」

世界中の誰に尋ねても「しない」と口を揃えて答える。にもかかわらず、我われは人のせいにしがちで、その結果、問題を放置してしまう。見方を変えれば、その症状があったとしたら、そこに改善のチャンスがあるということだ。

稲盛さんは講話の中で「宇宙は常に進化発展している。そこに心を委ねるならば、京セラも未来永劫発展する」と我われに語られた。

僕も曲がりなりに50年以上の人生を生きてきて、確かにそうではないかと思う。世の中はよき方向へ向かっている。それなのに、その妨げになるものがあるとすれば、それは我われの持つ、最も非生産的で問題が解決しない考え方「人のせいにする」ということではないだろうか。

かつての僕がそうだったように、自分の思うような仕事や部署に就けず、悶々としている人は少なくないだろう。だが仕事というものは「自分がいたら助かる」という部分を見つけるところから始まるのだと思う。そしてそれは必ず見つけられる。職場には必ず困っていることがあるからだ。会社が自分を雇ってくれた理由とは何か。それを自らに問うところにきっと新しい扉が開かれている。


(本記事は『致知』2012年9月号 連載「20代をどう生きるか」を再編集したものです)


◇追悼アーカイブ
稲盛和夫さんが月刊『致知』へ寄せてくださったメッセージ

「致知出版社の前途を祝して」
平成4年(1992)年

 昨今、日本企業の行動が世界に及ぼす影響というものが、従来とちがって格段に大きくなってきました。日本の経営者の責任が、今日では地球大に大きくなっているのです。

 このような環境のなかで正しい判断をしていくには、経営者自身の心を磨き、精神を高めるよう努力する以外に道はありません。人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。

 私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。経営者の日々の判断が、企業の性格を決定していきますし、経営者の判断が社員の心の動きを方向づけ、社員の心の集合が会社の雰囲気、社風を決めていきます。

 このように過去の経営判断が積み重なって、現在の会社の状態ができあがっていくのです。そして、経営判断の最後のより所になるのは経営者自身の心であることは、経営者なら皆痛切に感じていることです。

 我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう。創刊満14年を迎えられる貴誌の新生スタートを祝し、今後ますます発展されますよう祈念申し上げます。

――稲盛和夫

〈全文〉稲盛和夫氏と『致知』——貴重なメッセージを振り返る

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◇岸良裕司(きしら・ゆうじ)
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昭和34年埼玉県生まれ。59年東京外国大学卒業後、京セラ入社。平成15年ヘッドハンティングされ、ビーイング入社。18年に発表された論文「三方良しの公共事業改革」が19年国土交通省の政策として採用される。20年より現職。著書多数。近刊に『新版・三方良しの公共事業改革』(日刊建設通信新聞社)がある。

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