元自殺未遂者だったカウンセラーが語る「生かされた命を全うする生き方」

10年で1万人を超える人の心と寄り添ってきたカウンセラーの中島輝さん。 95%という高い回復率の裏には小学4年の頃から経験してきた、分裂症、躁鬱症、パニック障害や10年間にも及ぶ引きこもり生活がありました。そんな中島さんが実感した「生かされた命を全うする生き方」とは。

分裂症、躁鬱症、パニック障害に悩まされた10代、20代

(中島)

私の病の発端は、5歳の時まで遡ります。家業で忙しかった両親の代わりにパパ・ママと呼ぶほど慕っていた里親が事業に失敗し、突然、夜逃げしてしまったのです。その喪失感から人を信頼できなくなり、幼い私は自分一人で生きていくと固く決意しました。

その後、実家で暮らすようになったものの、自炊を始め、風邪をひいても自力で治す方法を探すなど、誰にも頼ることなく、感情を押し殺して過ごすようになりました。

小学4年生になると、ストイックな生活がたたって斜視、分裂症など、幾多の病状に苦しむようになりました。心身ともに助けを求めてはいるものの、私の心にあったのは、この症状を絶対に誰にも見せるもんか」という必死で、頑なな一念のみ。

愛情を注いでくれない両親への憎しみもあったのでしょう。自分が誰だか分からなくなると、足のつけ根を強く抓って正気を取り戻しつつ一人耐え忍びました。なぜ自分にばかり次から次へと困難が来るのか。何のために生きているのか。自問する10代、20代を過ごしました。

一方、家業は父が飲食業から不動産業まで手広く拡大し、従業員も2、300名ほどに増加したところでバブルが崩壊。多額の借金を負う羽目になり、会社も私生活も窮地に立たされました。

そんな状況下で長男の私は24歳の時に 会社を存続させるために家業を継ぐことになり、「借金を返さなければ」といった責任感に駆られ、極度の完璧主義者だったことも相俟って、過呼吸とパニック障害の発作に常時悩まされるようになりました。錯乱状態になり、何度自殺を試みたかしれません。そして25歳の時、遂に外出できなくなりました。

電話カウンセリングを頼っても、他人事で通り一遍な受け答えばかり。苦境から逃れたい一心で、安岡正篤先生やゲーテをはじめ思想や哲学、心理学の本を貪るように読み、自分で自分にカウンセリングするようになりました。日中は会社経営を行い、真夜中には人目に触れず外出のトレーニングを積みました。

いまでも覚えているのが、自宅から200メートルの距離のコンビニに何とか辿り着くと、もう二度とこの場所には来られないのでは、という強迫観念に駆られ、駐車場に這いつくばり石や土を食べてしまうのです。当時は無我夢中で、異様な行動をしている自覚はありませんでした。

☆人生、仕事の糧になる珠玉の体験談が満載!月刊『致知』の詳細・ご購読はこちらから

「絶対にご恩に報いたい」。感謝の思いが原動力になる

(中島)

どん底を経験しながらも、私が光を見失わずにいられたのは、一人の恩人の存在があったからでした。その方は大企業の社長で、年に数回お会いしていましたが、私の顔を見て瞬時に「もっと頑張れ」と言ってビンタしたり、「もういいよ、頑張るな」と抱きしめてくれたり、その時々の私の状況に合わせて言葉を掛けてくれるのでした。

心の奥底で希望の光が消えそうになり、もう死ぬしかないと首にロープをかけた時にも、「またその方に会えるかもしれない」という思いが脳裏をよぎり、 踏みとどまることができました。

ところが何と、その方は50代の若さで急死してしまったのです。がんでした。葬儀に出たくても、外出できない私は涙を呑むしかありませんでした……。

1年後に社葬が行われることを知ると、何としても参加しなければと思い立ち、毎晩精神安定剤を飲み、朦朧(もうろう)としながらも死ぬ気で外出のトレーニングを重ねました。当初は500メートルすら移動できなかったものの、徐々に距離も延び、どうにか社葬に参加できました。その時は何も恩返しできずに 過ごしている自分が不甲斐なく、ただ号泣することしかできませんでした。

しかし、絶対にご恩に報いたいという感謝の思いが原動力となり、その方のように、必要な時に必要な言葉を掛けられる人物になると決意したのです。35歳の時でした。

すると、その後のトレーニングは着実に進み、私は病を克服。病院などの既存のサービスで満足に治療を受けられなかった苦い体験をもとに、経験者である自分だからこそできるカウンセリングをしてきました。特別なことをしたつもりはありませんでしたが、カウンセリングを希望する方が口コミで広がり続け、一時期は400名の方が半年先まで予約待ちになるほどでした。

私は一人の恩人によって生かされ、感謝の思いを支えに今日まで歩いてきました。私と同様に、生かされた命を全うすることが、どんなに幸せなことなのか、一人でも多くの方に知ってほしい。その一心で今後も仕事に打ち込みたいと思います。

(本記事は『致知』2017年9月号 連載「致知随想」より一部抜粋したものです)

◇中島 輝(なかしま・てる)

━━━━━━━━━━━━━━━━

心理カウンセラー/国際コミュニティセラピスト協会設立/起業塾「THE DIAMOND」主宰。5歳で里親の夜逃げという喪失体験をし、小学4年生のころから双極性障害(躁うつ病)、パニック障害、統合失調症、強迫性障害、不安神経症、認知症、過呼吸、潰瘍性大腸炎、円形脱毛症、斜視に苦しむ。25歳で背負った巨額の借金がきっかけでパニック障害と過呼吸発作が悪化し、10年間実家に引きこもる。自殺未遂を繰り返すような困難な精神状況の中、独学で習得した心理学やセラピーを自らに実践し、35歳で克服。その後心理カウンセラーとなる。

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に 1年購読 10,300円(1冊あたり858円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 27,800円(1冊あたり772円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

人間力・仕事力を高める記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら