【前編】いま、日本人の国語力が危ない!齋藤孝の教育提言

「国家百年の計は国語力の向上にある」と断言する齋藤孝氏。明治の日本がいち早く近代国家の仲間入りをした背景にも、高い国語力がありました。ところが、現在の小学校1年生の国語教科書は子供に与えるべき十分な内容になっていないと齋藤氏は言います。それを憂慮して、制作されたのが『齋藤孝のこくご教科書 小学1年生』。その刊行に際し、現在の国語教育の危機的状況と国語力養成の重要性についてお話しいただきました

国語が人生の基礎をつくる

国の土台をつくるもの、それは思考力だと思います。そして思考力の土台になるのが母語、日本人であれば日本語です。母語で思考することをしっかり認識するところからすべてが始まるのです。

その意味で、思考力とは言語の運用能力ということもできます。そして思考力を育み、母語の運用能力を高める教科である国語は、他のすべての教科の基礎になるだけでなく、人生の基礎になるといってもいいでしょう。

考える力は、訓練によって養われるものです。葉を一つ覚えることは、新しい概念や視点を一つ獲得するということです。一つの言葉が、一つの新しい考え方との出合いをもたらしてくれるのです。

その時に重要になるのが語彙力です。語彙力を高め、その上で意味と意味を繋いで文章の関係性を見抜く力=文脈力を身につけていくと、他人の思考も理解できるようになります。すると自分の考えを深めるだけではなくて、人とコミュニケーションをとって新しい考えを生み出していく、つまり協調性を持ちながら自分の考えを言葉にして新しい提案ができるようになるのです。国家百年の計を考える時、これは次の百年を支えていく人間にとって欠かせない資質になると思います。

このような高い意識は言語能力と不可分です。ただ器用に話せればいいわけではなく、しっかりとした文章を読んで、そこに表れた精神の力を受け取ることも大切なのです。そして、その人の精神を継承するには、書かれたものを読むことが一番です。

例えば、武士の心得が綴られた『葉隠』という本があります。武士社会で生きていれば、その精神は自然に共有されますが、現代の私たちにはうまくイメージできません。しかし『葉隠』を読むと、当時の武士が何を考え、何を大切にしていたかがはっきりと伝わってきます。

そうした精神性を身につけるために江戸時代に行われていたのが素読です。素読は意味を理解するというより、何度も音読して言葉を体に刻み込む学習法です。精神性の高い文章を素読によって自分の内側にしっかり入れると、それが力に変わるのです。その素読のテキストとなったのが、当時でいえば『金言童子教』や『論語』でした。そして、いまならば国語教科書がその役割を果たさなくてはならないと思うのです。

活字の絶対量が足りない 一年生の教科書

そうした観点から現在の小学校一年生の国語教科書を見ると、力強さが足りません。絵や写真を見て考えることを促す対話的な授業に役立つ形式にはなっていますが、何しろ活字が少ないので思考が簡素にならざるを得ないのです。

国語という教科は、まず子供たちに言葉をプレゼントするものなのに、一年生で学ぶ漢字が少なすぎます。六年間積み重ねても、江戸時代の子供たちの国語力には到底及びません。これはおかしな話です。時代が進めば言語能力も高くなるべきなのに、明らかに低下しているのです。

その差は江戸時代に教育を受けて明治時代を過ごした人たちの残した文章を読めば分かるでしょう。非常にレベルの高い文章で書かれています。漢語が多いだけでなく、思考がしっかりしていて、言いたいことも明確に伝わってきます。また語彙も豊富です。昔の日本人はそういう言語能力を持っていたのです。

いまSNSで交わされている言語のレベルが必ずしも低いわけではありません。軽やかにやり取りするセンスはいいと思いますが、語彙の絶対量が欠けているため、同じような言葉を使ってしまう。語彙力に限界があるのです。

こうなってしまった背景にあるのが、「話す、聞く」教育の重視です。ある時期に日本の国語教育は「話す、聞く」ことを教育の大きな柱として設定しました。それ自体はコミュニケーション重視の現代においておかしなことではないのですが、実際には語彙が不十分であるため、知的レベルの高い対話とはならず、なんとなく話し、聞く練習をするという形になってしまいました。

私はかつて文部科学省の教科書を改善する委員になった時に、小学校の国語教科書はもっと厚くていいし、活字も多くていいのではないかと提案をし、議論をしたことがあります。母語が重要なことは明らかで、外国語を学ぶ時にも母語の限界が第二言語の限界になるのです。

最近、同時通訳の機械がいろいろと出てきています。そこで変換されるのは「意味」です。言葉の意味さえしっかりしていれば、何語でも他の言語に訳すことができるのです。意味を読み取り、意味を伝える。この当たり前の作業は語彙力によって支えられています。相手が語彙の豊富な言語を持ち、こちらの語彙が少なければ、大雑把な意味しか受け取れないし、伝えられないのです。

その点で日本がうまくいったのは、明治維新の際に言語を増やしたからです。societyという言葉に当たる日本語がなかったので、それを「社交」や「社会」と訳しました。rightは「権利」「自由」「通義」と訳していました。西洋の言葉を翻訳することによって新しい日本語を生み出したのです。明治維新は新たな言葉を生み出す絶好の機会となり、そこで日本語が大きく膨らみ、成長したのです。それらの言葉を通して日本人は西洋のものの考え方を身につけました。これなくして憲法や法律は成り立ちませんでした。私たちがいま法治国家で暮らせているのも、西洋の言葉を日本語にして身につけ、学習してきたからです。

【後編へつづく】

(本記事は『致知』2019年1月号 特集「国家百年の計」より一部を抜粋・編集したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載! 詳細はこちら

齋藤孝
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さいとう・たかし―昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『楽しみながら1分で脳を鍛える速音読』『楽しみながら日本人の教養が身につく速音読』『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『子どもと声に出して読みたい「実語教」』『日本人の闘い方』(いずれも致知出版社)などがある。

 

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