知の巨人・渡部昇一は『論語』をこう読む

専門の英語学のみならず、政治、経済、外交など、あらゆる分野で鋭い評論活動を展開された渡部昇一先生〈故人〉。その渡部先生が、生涯を通じて読み続けてきた一冊に『論語』があります。知の巨人は『論語』のどこに惹かれ、その味わい深い章句とどのように向き合ってきたのでしょうか――。

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学問と親への孝行を両立

〈渡部〉
『論語』の言葉を挙げれば、切りがありませんが、人生の折々に拳々服膺してきた章句をいくつか申し上げますと、例えば、次の言葉があります。 

子曰わく、弟子入りては則ち孝、謹みて信、汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて餘力あれば、則ち以て文を学べ。

これは私が学生の頃、絶えず頭から離れなかった章句です。というのも、私が大学一年生の夏、郷里の親父が失業しましてね。私は自分の行く末について随分と悩みました。

私は末っ子ですが兄が亡くなっていて、あとは姉だけですから家を継がなくてはいけない。しかも、孔子は「親と一緒に家にいる時は孝を尽くし、親を養って余力があるならば学べ」と教えているわけですから、自分も大好きな学問を諦め、仕事に就いて親を養うべきなのだろうか、と悶々としたんです。

それで私は一つの覚悟をするんです。いまは親は養えないけれども、親には一切世話にならないで学問を続けよう、と。

手前味噌で恐縮ですが、それでも私は随分親を助けました。大学院に進んだら兼任講師として女子高で教えましたから、その頃から毎月仕送りをして親を養い始めたんです。山形の実家は田舎なので家はあるし食うに困ることはないんですが、いまみたいに年金がない時代ですから、とにかく家に現金がなかったんですね。

そのうちに私に留学の話が舞い込んできました。講師のアルバイトを辞めると、親に仕送りもできなくなります。そこで女子高を経営する修道院に談判して、後で返済することを条件に3年間、私に代わって親に仕送りをしてもらったんです。そして留学を終えた後、給料の半分を払って六年かかって返済しました。

だから、この章句は私にとって実に実に重いものでした。うっかり人には勧められないという思いがいまでもあります。戦後はいまのようにアルバイトはありません。そういう中で私も余力にもならない程度のお金で親を養い、夏休み中の奨学金にも全く手をつけずに家に入れましたからね。

普通の学生は余力がなくても文を学ぶんです。親を養いながら学問を両立させたのは、私の誇りでもあります。

「楽しむ」という境地

それから、これも私が大事にしてきた章句の一つです。

天、徳を予に生せり。桓 其れ予を如何にせん

「天は私に徳を授けられている。(孔子を殺そうとした)桓ごときが私をどうすることができようか」と、まさに大変な自信と覚悟に溢れた孔子の言葉です。

これもおこがましい言い方ですが、私はこれまでの人生の中で、そのような感覚をしばしば得てきましたね。極端な言い方をすれば「神様が日本を守ろうとされるなら、『朝日新聞』如きに俺がやられるはずがない」と。

いまでこそ朝日を批判する人はたくさんいます。だが、40年前は朝日はマスコミ界でも絶対的な存在だったんです。私は偏向した朝日の報道姿勢を一貫して批判し争ってきて、いまようやく慰安婦問題の間違いを認めさせるところまできました。

朝日と闘っただけではなく教員時代には半年間、人権団体に大学に押しかけられてすべての授業を妨害されたこともありました。それでも一歩も譲らなかったのは『論語』を読んでいたおかげで、言葉が力を与えてくれたからだと思っています。

もう一つ、大学教員時代に学生に常々教えていた言葉として、

之を知る者は之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず

を挙げたいと思います。英文学も大学院生くらいになると、ある程度難しい原書も読めるようになります。しかし、それをどこまで続けられるかというと、好む者でなくては駄目なんですね。それも、ただ好むというだけでは非常に危うい。視野が狭いオタクになってしまう可能性が大きいからです。楽しむという境地は、もっと広いものです。

私が『論語』を読むのは楽しんでいるからです。誤解を恐れずに申し上げれば、私は『論語』を雑書として読んできました。もちろん、これは『論語』が雑だという意味ではありません。本職である英語の本以外は、『孟子』も『老子』も『徒然草』も同じように雑書として楽しんで読んできた。この「楽しむ」という境地に早く至るべきだといつも学生には言ってきました。


(本記事は月刊『致知』2015年4月号 特集「一を抱く」対談記事より一部を抜粋・編集したものです)

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◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)
昭和5年山形県生まれ。30年上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。Dr.phil.,Dr.phil.h.c.。平成13年から上智大学名誉教授。29年逝去。

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