親子二代で人間国宝――厳父がくれた唯一の褒め言葉

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昭和を代表する染色の名匠といわれた森口華弘さんを父に持ち、親子二代で人間国宝に認定された染色家の森口邦彦さん。同じ工房で40年間一緒に仕事をしながら、父から直接褒められたことは一度もなく、また技術的なことを教えてもらったこともなかったといいます。そんな森口さんが語る父と子の厳しくも愛情溢れる本当の師弟関係とは――。

子を褒めない父の厳しさ

父・森口華弘さんとともに、親子二代で染色の人間国宝に認定された森口邦彦さん。しかし、森口さんは華弘さんと40年にわたって同じ工房で仕事をしながら、直接作品を褒められたことも、技術的なことを教わったことも一度もなかったといいます。

 「私は父と約40年間、同じ仕事場でやってきたんですが、最初の10年くらいは生活を気にすることなく、自由に創作に取り組ませてくれたので、すごくその時間は重要だったと思っています。

とはいえ、父は私の作品を本当に評価してくれているのかという疑いは常に持っていました。おふくろは私の作品をいつもけちょんけちょんに貶してちっとも褒めてくれませんしね。実は父に褒められたことも一度もないんです」

 ところがある時、森口さんは自分の作品の構図を華弘さんが真似していることに気がつきます。そして、それこそが父の無言の褒め言葉であったと思い至るのです。

 「ただ、父のもとに入門して10年目頃、単純な一本の線が着物を着た時に、スパイラルのように体全体に巻きついて見える作品をつくったんですが、その図案を半年も経たないうちに父が自分の作品に取り入れていたんですよ。

 もちろん父の作品では、線は一本の梅の枝に、上からだんだん花が咲いていくといったような誰もが楽しめる素晴らしいもので、私の作品は無愛想な一本の線だけの抽象的な構成でした。

 それでも、そうやって真似をしてくれたということが父の唯一の褒め言葉だったんではないかなと思いますし、自分でも父の役に立てるんだと思えた瞬間でした。これは本当に嬉しかったですね」

 このエピソードから、華弘さんは我が子の成長を願って、あえて言葉では直接褒めなかったことが伝わってきます。作風を取り入れることで、間接的に森口さんのことを褒めてあげた。ここに父と子の真の師弟関係、深い絆を見る思いがします。

 (本記事は『致知』2018年6月号の対談記事をもとに再編集したものです。全文は『致知』最新号「父と子」をご覧ください)

 森口邦彦(もりぐち・くにひこ)

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昭和16年京都府生まれ。京都市立美術大学卒業後、22歳で渡仏し、パリ国立高等装飾美術学校でグラフィックデザインを学ぶ。41年帰国し、人間国宝の父・森口華弘の工房に入門。42年日本伝統工芸展に初出品初入選。以後受賞歴多数。平成19年重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。

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