短期的にしか物事を見られない人の傾向〈京都大学名誉教授・中西輝政〉

何かを計画する上で忘れてはいけないこと、それは〈長期的〉〈短期的〉の2つの視点を持ちながら、計画を実現していくこと――。時事問題の論客である京都大学名誉教授・中西輝政氏は、 日米戦争はこの視点を忘れた悪しき典型であると述べられています。 国際情勢に限らず、あらゆる場面において大切な原則を中西氏にご教示いただきました。

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日本軍の失策から学ぶべきことがある

〈中西〉
私たちは目の前の危機に適切に対処すると同時に、長期的視野を決して見失ってはいけないことが理解できると思います。このことは国際関係に限らず、あらゆる面において言えることです。
 
長期的な視点がなぜ大事なのか。人間をして理性的な思考にさせるからです。短期的なことばかりを考えていると、人は得てして感情的、悲観的になったり、時に尊大になって自分の力を過信してしまったり、ついついバランスを欠く見方に陥ってしまいます。

つまりその時、人は我知らず感情の虜となったり、目の前や周囲の人間関係や環境に目を奪われたり、果ては傲慢にさえなりやすい。

いずれにせよ、そうしたところから、人間の正しい判断は決して生まれてきません。
反対に、平素から長期的な視野を失わない習慣を身につけてこそ、心のバランスが取れ、いざという時に正しい判断ができるようになるのです。
 
私たちに身近な企業経営でも社会活動でも、短期的に「望ましい」と思われた最適解が、長期的な視点で捉えると最悪の選択だったというケースがあります。

目の前の問題を取り繕おうとする弥縫策や、感情にまかせた判断、苦し紛れのアイデアなどがこの類です。特に短期的視野による間違った判断は企業の信用を失い、最悪の場合、倒産して従業員を路頭に迷わせてしまうことすらあります。
 
私は人間を論じる任ではありませんが、これまでの人生経験や長く歴史を学んできた立場から申し上げれば、短期的にしか物事を見られない人には、ある精神的傾向があります。

長期的に全く見通しが立たないような事態に立ち至った時、解決策を考えることを忌避し、目を塞いでしまうのです。
 
日米戦争はまさにその典型でした。「短期的に決着をつけないと勝機はない」と焦った日本の軍部は、真珠湾攻撃の後、ミッドウェー海戦、ガダルカナルやソロモン諸島の戦いに次々と臨み、逆に繰り返し大敗北を喫します。

自らの力を過信して無謀な戦いを進め、ジリ貧どころかドカ貧となって、最後には前例のない惨めな敗戦という結果を招いてしまったではありませんか。

「長期的には必ず楽観できる選択をする。
 しかし、短期的には慎重に事を運ぶためあえて、悲観的に捉える」。

これは何かを健全に計画する上での原理原則です。

つまり、長期の悲観と短期の楽観という組み合わせで突っ走った日米戦争は、この原則のまさに逆をいった悪しきパターンに他なりません。
 
いま日本が直面する状況も全く同じです。少子化や財政難など長い目で見て必ず国を揺るがすことになる諸々の課題が我が国には横たわっています。

中国の将来像についても、いつまでも無関心を装ってはいられません。長期戦略によってアメリカを凌駕し、日本と比べものにならないほどの大国になってしまったら、台湾や尖閣諸島は一体どうなってしまうのでしょうか。

「そんな先のことは考えても仕方がない」
「面倒なことには目を瞑ろう」
「何とかなるはずだ」。

悲しいかな、政治家を含めてこれが現状、大方の日本人の意識です。しかし、目を塞いでしまえば、道は完全に途絶えてしまいます。

どのような状態に置かれても「必ず道はある」と信じて長期的な策を練っていく。日本人にいま求められるのは、その気概なのだと思います。


(本記事は月刊『致知』2018年3月号 連載「時流を読む」より一部抜粋・編集しております)

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◇中西輝政(なかにし・てるまさ)
昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『国民の覚悟』『賢国への道』(共に致知出版社)『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)『アメリカ外交の魂』(文藝春秋)『帝国としての中国』(東洋経済新報社)など多数。近刊に『覇権からみた世界史の教訓』(PHP文庫)。

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