日本料理の名店・招福樓大主人のじんわり心に広がる話

生き方


明治の初年以来、150年続く
日本料理の名店・招福樓。

大主人が語る、山田無文老師との
逸話が、じんわりと心に広がります。

───────「今日の注目の人」───

中村 秀太郎(招福樓大店主)

※『致知』2017年8月号【最新号】
※特集「維新する」P22

───────────────────

7月の炎暑の中を
訪れた私どもに対し、
無文老師は鉄瓶を提げて庭に降り、
井戸の冷水でお茶を立てて
もてなしてくださいました。

お茶の作法を心得ておらず
困惑する私に対して老師はひと言、

「茶は飲んだらよいもんじゃ」

と厳しい言い方です。

帰りの道すがら岩崎学長は、

「老師はあのひと言で
 もう君を弟子にして
 くださったんだよ」

と説いてくださいました。


以来、無文老師との尊いご縁は、
89歳で遷化なさるまで
およそ40年にわたって続いたのです。

愚息二人もお世話になりました。

中村さん


無文老師が霊雲院に
迎えられて間もない頃、
嵐山の薩摩屋敷という
料理屋の女将から饗応を受け、
お供をさせていただいた時の
ことはいまでも印象に残っています。

女将は既に隠棲なさっていましたが、
非常に学識が高く、戦前は
満洲北支を股にかけて
歩いたという豪傑でした。

宴も終わり、お酒の入った
老師が赤い布団を被って
寝てしまわれた傍で、
女将は私に

「中村さん、
 あんたは得な人やな」

と語りかけてくださいました。

「大抵の人間は初めてのところに
 来たらよそ行きの顔をしよるが、
 あんたはきょう初めて会った
 私にも真っ裸でぶつかってきた。

 人間というものは、
 一生のうちに何度か
 よい師匠に恵まれるが、
 よそ行きの顔をして
 接するような人間を、
 師は拾ってくれない。

 そこに寝転んでおる坊主は、
 あんたを研いでもらうのに
 一番の砥石や。

 せいぜい一生かかって
 研いでもらうとよい」


あの無文老師を

「そこに寝転んでおる坊主」

と呼ぶ女将の肝の太さに驚きながら、
私はその言葉を心に深く刻み、
無文老師を我が師として
仰ぎ続けてきたのです。

「茶は飲んだらよいもんじゃ」

いま思えば……



※お二人の子弟関係にまつわる
 お話しはまだまだあります。
 続きは本誌で。