司馬遼太郎から学んだ経営哲学

仕事論

日本特殊陶業会長兼社長の尾堂真一さんは、
16年に及ぶ海外勤務時代、
難しい対応や決断を迫られる中、
司馬遼太郎さんの作品に解決のヒントを求めていたそうです。
尾堂さんは、司馬さんの作品から何を学んだのでしょうか。


尾堂 真一(日本特殊陶業会長兼社長)
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※『致知』2017年12月号【最新号】
※連載「私の座右銘」P68

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私が大学卒業後、自動車のエンジンの着火を助けるスパークプラグや
セラミックスを扱う当社に入社したのは1977年、22歳の時でした。

とりわけ高い志があって入社を決めたわけではなく、
海外で英語を生かした仕事をしたいと漠然と考え、
就職活動をする中で偶然ご縁をいただいたのです。
そういう意味では、当社との出逢いが
私の人生の最も大きな転機だったといえるでしょう。
 


しかし、入社後に配属されたのは輸出業務と国内営業で、
念願の海外勤務になったのは32歳の時でした。
その当時は早く海外に出たいという焦りもありましたが、
いま思えば、国内でしっかり知識と経験を積み、
早すぎず、遅すぎない、絶妙なタイミングで
海外に行かせていただいたと感謝しています。
 
最初はドイツのデュッセルドルフに赴任し、
その後はオーストラリアの販売法人で社長を任され、
2005年からはアメリカの現地法人の社長を務めました。

40年の勤務経験のうち、海外勤務は16年にも及びました。
その中で、日本以外の多様な文化・考え方に触れられたことは、
現在経営トップとしてグローバルな視点から経営の舵取りをしていく上での
大きな下地になっています。
 
海外勤務では、難しい対応や決断を迫られる事態に度々直面しましたが、
その時に支えになったのが
『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』といった司馬遼太郎さんの作品でした。
司馬さんの歴史小説を読むと、西郷隆盛も、大久保利通も、
個人の意志ではどうにもならない大きな歴史のうねり、
時代の流れの中にあって、
自分に与えられた役割を精いっぱい全うしたことが分かります。

日本でバブル経済が崩壊した時にも、
様々な学者や識者が「ああすべきだ」「こうすべきだ」と大騒ぎしている中で、
司馬さんは「これは時代の流れなんだから、日本人はじっと耐えるべき時だ」
という趣旨のことをおっしゃっていました。
 
経営者も、正解が3つも4つもあるような環境で
日々決断していかなくてはなりませんが、
もし決断が失敗だった場合には、短期的な良し悪しではなく、
決断に至る大きな流れをしっかり把握し、
どこで間違っていたのかをはっきりさせていくことが
非常に大事になってきます。

そして決断が招いた結果に対しては、
あたふたせずじっと耐え、また次の決断を行っていくのです。
それから、あらゆるケースを想定した決断の選択肢を
常に用意しておくことも意識してきました。


経営トップとしてのそのようなあり方は、
司馬さんの歴史観から学んだ私の経営哲学だといえます。

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