「なにくそ」の精神で200億円の負債を返済


日本のオーガニックスーパーの先駆けとなる
ナチュラルハウス。
二代目社長の白川洋平さんは商社マン時代、
自然食品専門店を経営していた父親から
「俺はがんだ」という連絡を受けます。
しかし、がんは父親ではなく、会社でした。

白川さんは倒産の危機にあった会社を
どのように立て直したのでしょうか。



白川 洋平(ナチュラルハウス社長)
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※『致知』2018年1月号
※連載「二十代をどう生きるか」P100
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三井物産での日々はとても充実しており、
腰掛けで仕事をしているつもりは一切ありませんでした。

ところが、三年目に父から「俺はがんだ」という知らせを受け、
急遽家業を継がざるを得なくなったのです。
一九九六年、二十六歳のことでした。
 
父は母方の祖父が経営していた洋菓子メーカー・コトブキで働いた後、
一九七八年に現在の「ナチュラルハウス」の原型である
自然食品専門店を創業しました。

いつかは父の後を継ぐという思いはあったものの、
まさかこんなに急になるとは思っていなかったため、
苦渋の決断の末、三月三十一日の深夜十二時まで働き退社しました。
 
翌日、親会社のコトブキで開かれる取締役会に参加するよう言われ、
そこで初めて実情を知らされました。
何とがんだったのは、父ではなく会社だったのです。
ナチュラルハウスに十八億円の借入金と二億円の買掛金があるだけでなく、
不動産バブルで失敗し、海外事業で百八十億円の借金があるとのこと。
加えて、その百八十億円は私が連帯保証していたのです。
 
状況を掴めぬまま、その場で叔父たちによって父は
兼任していたコトブキの取締役を解任させられました。
約二百億円の借金をつくったのですから当然のことでしょうが、
叔父たちに代わって一族を代表し、
真剣に仕事をしてここまで会社を育てた父を、
負債を抱えた途端に追い出すという非情なやり方に腹が立ち、
そこで抱いた「なにくそ」という憤りが
返済の原動力になったことは間違いありません。
 
もっとも、愚直に働いて返せる金額であれば
リアリティーがあったのかもしれませんが、
自分一人ではどうにもならない額。正直なところ、……

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