新幹線の高速化と品川駅の建設はいかにして実現したのか(JR東海・葛西敬之)

日本の国土面積の約1割ながら、日本の人口とGDPの約6割を抱える地域を結ぶ東海道新幹線は、まさに日本の大動脈輸送に他なりません。ゴールデンウィーク期間中の帰省や旅行で利用される方も多いでしょう。
その東海道新幹線を中心に鉄道事業を展開するJR東海を、創業時より牽引してきたのが故・葛西敬之氏です。かつて経営危機に陥った国鉄の分割民営化を現場で推進し、多額の債務を背負ってスタートしたJR東海を今日へと繁栄発展させてきました。氏はどのように現在の東海道新幹線をつくり上げたのでしょうか。
(本記事は月刊『致知』2020年3月号 特集「意志あるところ道はひらく」から一部抜粋・編集したものです)

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アイデアというのは風発するもの

JR東海の創業時の経営戦略のポイントは何かというと、まずは当然のことながら東海道新幹線が日々安全・安定・正確に運行されるということです。これが一番大事なことで、東海道新幹線は開業以来55年間、今日まで一度も乗車中の旅客が死傷する列車事故を起こしたことがなく、完全な安全記録を守ってきています。

その元にあるのがシステムと予防保全です。踏切のない高速旅客列車専用の複線軌道がある。すべての列車をATCという自動制御装置でコントロールし、絶対に追突も正面衝突もあり得ない。こういうシステムと共に、線路や車両などを定期的に点検し、事前に予防保全することで安全を担保しています。

しかし、さらなる高速化や高頻度化などサービスの飛躍、向上を実現するには、ひと口に言って20年、さらにもっと新しい技術、例えば超電導リニアのようなインフラそのものを新規に導入しようとすると、技術開発と建設を併せて50年はかかります。

このように鉄道を経営する場合は毎日毎日が大事でありながら、一方では20年、50年先を展望しなくてはいけない。日々・近未来(20年後)・未来(50年後)という3つの時間軸で同時並行的に戦略を立てて進めていくことが鉄道経営の一つの大きなポイントになるわけです。

ここからは近未来と未来の戦略として実際に何をやってきたのかをお話ししたいと思います。ただこれらは机の前に座って、「よし、20年後に向けて何をやるか」と考え、戦略を練っていったわけではありません。

もちろん東海道新幹線を強くするために何をすべきかは、寝ても覚めても気になっています。そのような中で、人間の頭というのは面白いもので、何かを考えよう、構想しようと思うと、論理に囚われて硬くなってしまい、却ってアイデアが出てきません。体を動かしている時は頭が眠ってしまい、体を動かせない時は却って思考が自由化する。坐禅や瞑想とはそういうことなのかとも思います。

従ってこれから述べる施策は、その順番で論理的に組み立てたものではなく、私がJR東海の創業に携わった最初の数年間で、人と話していたり、新幹線で東京・名古屋間を移動したりしている時などに風発してきたものです。

新幹線の高速化と品川駅の建設

第1に、「高速化」があります。これはいつ思いついたのかというと、昭和62年12月、ドイツのデュッセルドルフから北に約200キロのところにあるエムスランドへ常電導方式のリニアの視察に行った時でした。その帰りにフランスのリヨンに飛んで、TGVに乗ったんです。

TGVは世界一速い列車だと言われていましたが、設備面で立派だという印象は受けませんでした。「TGVが270キロも出しているのに、なぜ東海道新幹線は220キロしか出せないんだ」と同行している技術者に言ったら、「いや、270キロであれば出せますよ」という話になりました。

そこで翌年早々に高速化チームを立ち上げ、周辺の建物への振動を減らすために車両の軽量化を図るなど、270キロを出せる車両の設計を行いました。そして、設計が終わり次第、直ちに発注をかけ、次々と新型車両を投入しました。それでも全車両270キロ走行が可能になったのは平成15年ですので、トータル約15年の期間がかかったことになります。

東京~新大阪間はかつて3時間かかっていましたが、高速化を進めてきた結果、現在は285キロ走行が可能で、東京~新大阪間は最速2時間22分で結ばれています。

国鉄時は1時間に「ひかり」6本、「こだま」4本でした。平成15年にすべての列車が270キロ化されましたが、その前段ですべての列車を16両編成に統一するなど列車編成の汎用性を高めてきた結果、同時に「のぞみ」7本、「ひかり」2本、「こだま」3本の7・2・3というダイヤになりました。

さらに車両の改良を進めたことで現在は10・2・3ダイヤとなり、1時間に15本の新幹線が走っています。さらに2020年3月のダイヤ改正で1時間17本まで走ることが可能になりますので、そうすると東海道新幹線の輸送能力は限界まで実現し尽くしたといえると思います。

第2に、「東海道新幹線 品川駅の建設」です。国鉄時代も、品川に新幹線が停まると、特に東京の南西部に住む人たちにとってアクセスが良くなることから、建設したい思いはあったのですが、悲しいかな、大赤字の国鉄では建設することができませんでした。

当時、品川駅の周辺には、膨大な在来線用地があり、この在来線用地は一部分を新幹線の駅に転用可能であるため、用地をJR東海で入手してそこに駅をつくろう。将来リニアをつくった時、リニアと東海道新幹線を結節する駅を確保しよう。そういう考えのもと、品川駅建設の計画を発表したのが平成元年です。

航空会社としては羽田空港に行く途中に駅ができ、そこが「のぞみ」の停車駅になれば、航空機の競争力が大きく削がれる。様々な反対はあったものの、政府の決断、世論の強い要求があって、平成15年に品川駅は開業しました。

一日当たりの乗降人員の推移を見ると、平成14年度は東京駅が20.8万人で、品川駅はありませんでした。平成30年度には東京駅が20.9万人、品川駅は7.4万人で両駅合わせて7.5万人増加しています。結果として開業から僅か2年で駅の建設費用を回収するほどの増収効果をもたらしたのです。また、駅の利用客数が増加するにつれ、周辺には大きな街ができあがり、土地の値段も上昇しました。


本記事では他にも

・分割民営化を成し遂げた天の時、地の利、人の和

・新幹線保有機構の解体をもたらした秘策

・リーダーが持たなければならない7つの姿勢

など、葛西氏の道なき道を切りひらいてきた挑戦の歩みと、リーダーが持つべき姿勢を伺いました。ぜひご覧ください。

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◇葛󠄀西敬之(かさい・よしゆき)
昭和15年生まれ。38年東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道入社。44年米国ウィスコンシン大学経済学修士号取得。職員局次長などを歴任し、国鉄分割民営化を推進。62年JR東海発足と同時に取締役総合企画本部長。平成7年社長。16年会長。26年より名誉会長。著書に『飛躍への挑戦』(ワック)など。

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