2026年01月09日
2014年10月4日、稲盛和夫氏は母校である鹿児島玉龍高校で在校生を前に講演を実施。「君の思いは必ず実現する」と題して、人生の要諦を生徒へ熱く語りかけました。講演の中では、稲盛氏が感銘を受けたという中村天風氏の教えを交えて、「思い」の重要性が語られています。
(本記事は『致知』2021年4月号 特別講演「君の思いは必ず実現する 未来を生きる君たちへ」より一部を抜粋・編集したものです)
◉2026年、仕事でも人生でも絶対に飛躍したいあなたへ――
《期間限定》充実した2026年を送るための新習慣として、月刊『致知』と人気書籍をお届けする「新春お年玉キャンペーン」を開催中。
新しき計画の成就は只不屈不撓の一心にあり
<稲盛>
中村天風さんというヨガの達人の言葉があります。皆さんはご存じないかもしれませんが、いまから100年ほど前に、インドで修行をしたヨガの達人で、その後、日本で銀行をつくり、いろいろな事業を起こして、すべてを成功させていかれた方です。その天風さんは次のように「思い」の大切さを説いています。
新しき計画の成就は
只不屈不撓の一心にあり
さらばひたむきに只想え
気高く強く一筋に
新しい計画を立てて成功させたい、自分が思っている「思い」を実現したいと思うのならば、不屈不撓の一心、つまり「どんなことがあっても決して諦めない心」で必死の努力をしなければなりません。他のことは何も考えないで、自分はこうしたいという一点に「思い」を定めて、ひたむきに思い続けなさい。それも気高く強い心、純粋で美しい心で、一直線に思い続けなさい。そうすれば成功しないものはないと、天風さんは言っておられるのです。
そのように天風さんが確信するようになったのには、天風さん自身の人生経験も関係しています。簡単ですが、ここで少し天風さんの経歴について紹介してみたいと思います。
天風さんは若い頃、もう死ぬかもしれないという重い肺結核にかかってしまいました。肺結核には、肺が破れてのどから血を吐くという症状があります。天風さんは毎日血を吐きながら、もう助からないと思い、肺結核を治そうとアメリカに渡り、その後、ヨーロッパに渡りました。しかし、結局は自分の結核は治らないと気づき、どうせ死ぬのならせめて生まれ故郷の日本に帰って死のうと思い、ヨーロッパから貨物船に乗せてもらって日本に帰ってこようとします。その途中、エジプトのカイロの港で、ヨガの聖人といわれる人に出会うのです。
それは偶然の出来事でした。カイロの港に貨物船が着いて、いつも暗い船倉の中で血を吐きながら、いつ死ぬかもしれないと思っていた天風さんに、ある船員が「いつも日の当たらない暗い船倉にいたのでは、ますます病気が悪くなっていく。港に泊まっているから、きょうくらいは外に出て日に当たったらどうだ」と言ったのです。
そして、港に上がって、あるホテルのレストランでスープを飲んでいると、向こうのほうにターバンを巻いた人が座っていて、お付きの人が大きな団扇で扇いでいます。それを見るともなしに、ぼんやりと見ていると、何かを食べようとしているそのターバンを巻いた方の周りに大きな蠅がブンブン飛んでいます。すると、ターバンを巻いたその方は、箸でいとも簡単に飛んでいる蠅を掴み、横のチリ箱に捨てました。
「あのすばやい蠅をいとも簡単に箸で捕まえるとは、不思議なことがあるものだな」と思って見ていると、ターバンを巻いたその方が「おまえ、こっちへ来い」と手招きをしました。その方のもとに行くと、「おまえさんは胸に肺結核という重病を患って、日本に帰って死のうと思っているね」と、まさに心の底まで見通しているかのようにずばり言い当てられました。「しかし、おまえさんはまだ死ななくてもいいのだよ。私はいまからインドに帰るので、もしよければ私についていらっしゃい」と言われて、何も考える間もなく、「はい、分かりました」と言って、その方についていきました。
その方はインドのヒマラヤでヨガの聖人と言われていた有名な方でした。その方に出会って、天風さんはインドのヒマラヤ山中に連れて行ってもらい、その方の指導で、朝から晩まで瞑想をし、ヨガの修行に励みました。すると、修行をすること2年半、もう治らないと思っていた重症の肺結核が見事に回復してしまったのです。
近代医学では、結核は十分な栄養をとらなければ回復しないと言われていました。インドのヒマラヤの山中では、修行中に食べられるものといえば、粗末な食事しかありません。お米はもちろんなく、麦や稗ひえ、トウモロコシといった粗末な食料を少し加工したものを少量だけ、毎日食べていました。
そんな粗末で栄養価の低い食事では、結核が治るはずがない。却って悪くなっていくはずです。しかし、そういう生活をしているはずなのに、見事に結核が治ってしまったのです。そして、ヒマラヤの山中の岩の上で毎日朝から晩まで坐禅をしているうちに素晴らしい境地に達して、天風さんは悟りを開かれて日本に帰ってこられました。
日本に帰ってきた天風さんは、その後、自分が思っていることをすべて実現していかれました。銀行の頭取を務めるなど、実業界で次々に成功を収められると同時に、自身が体得した心の大切さについて、世間に広く説いていかれました。そしてその中で、先ほど紹介した言葉を残されたのです。もう1度読み上げさせていただきます。
新しき計画の成就は
只不屈不撓の一心にあり
さらばひたむきに只想え
気高く強く一筋に
私は若い頃に、この天風さんの教えに感銘を受けて、それに従って会社経営を行ってきました。この言葉を、自分自身の心に強く持ち、また社員全員にも言い続けてきたのです。社員皆がそのような「思い」になって懸命に頑張ってくれた結果が、私が徒手空拳から成長発展させてきた今日の京セラであり、KDDIであり、また、私が再建に携わってきた日本航空という会社です。
↓ 記事内容はこちら!
◆すべては自分の「思い」がつくり出している
◆「思い」が人類を進歩させてきた
◆利己心と利他心
◆心は自分で手入れしなければならない
◆心に抱いた「思い」を信念にまで高める
◆中村天風の教え「不屈不撓の一心」
◆京セラとKDDIの創業期を振り返って
◆JALを再建した社員の「思い」
◆一所懸命に努力すれば「思い」は必ず実現する
▼〈致知電子版〉で全文お読みいただけます!詳細はこちら▼
◇稲盛和夫(いなもり・かずお) ◇追悼アーカイブ◇ 昨今、日本企業の行動が世界に及ぼす影響というものが、従来とちがって格段に大きくなってきました。日本の経営者の責任が、今日では地球大に大きくなっているのです。 ――稲盛和夫 ◉2026年、仕事でも人生でも絶対に飛躍したいあなたへ――
昭和7年鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。34年京都セラミック(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、平成9年より名誉会長。昭和59年には第二電電(現・KDDI)を設立、会長に就任、平成13年より最高顧問。22年には日本航空会長に就任し、27年より名誉顧問。昭和59年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった方々を顕彰する。中小企業経営者のための勉強会「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注ぐ(令和元年解散)。令和4年8月24日、90歳で逝去。著書に『人生と経営』『「成功」と「失敗」の法則』『成功の要諦』『稲盛和夫一日一言』(いずれも致知出版社)など多数。
稲盛和夫さんが月刊『致知』へ寄せてくださったメッセージ
「致知出版社の前途を祝して」
平成4年(1992)年
このような環境のなかで正しい判断をしていくには、経営者自身の心を磨き、精神を高めるよう努力する以外に道はありません。人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。
私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。経営者の日々の判断が、企業の性格を決定していきますし、経営者の判断が社員の心の動きを方向づけ、社員の心の集合が会社の雰囲気、社風を決めていきます。
このように過去の経営判断が積み重なって、現在の会社の状態ができあがっていくのです。そして、経営判断の最後のより所になるのは経営者自身の心であることは、経営者なら皆痛切に感じていることです。
我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう。創刊満14年を迎えられる貴誌の新生スタートを祝し、今後ますます発展されますよう祈念申し上げます。
《期間限定》充実した2026年を送るための新習慣として、月刊『致知』と人気書籍をお届けする「新春お年玉キャンペーン」を開催中。※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください










