2025年11月16日
弊誌も深いご縁を賜ってきた茶道裏千家第十五代・前家元の千玄室氏が、去る8月14日に102歳でお亡くなりになりました。先の大戦で九死に一生を得て、戦後は茶道の普及に邁進。日本の心を世界へ発信し、真の平和実現に向け、与えられた命を捧げ尽くしてきたその功績は計り知れません。本年1月18日に開催された弊社新春特別講演会にご登壇いただいた千氏は、1時間立ったままで熱弁を振るい、100歳を越えた年齢を感じさせない若々しさで会場に感動の渦を巻き起こしたが、図らずもそれが壇上に見る最後の雄姿となりました。『致知』読者へ、そして日本人へ、千氏が遺した最後のメッセージを一部紹介します。
(本記事は『致知』2025年11月号 追悼特別講話「生きる力」より一部を抜粋・編集したものです)
一人ひとりが本当に心温かい、思いやりのある人間になっていかなければいけない
アメリカでは、トランプさんが再び大統領になりました。そのことで、いまは世界中が戦戦兢兢としている。これからどのような世情になっていくのか。日本人はしっかり考えなければいけません。そしていまこそ私たちは、日本人としての誇りを取り戻し、人間性を高めていくことに、一層大きな努力をしていかなければならないと私は思います。
もちろん政治家にもしっかりしてもらわなければなりません。私は先日も政治家の方にお目にかかる機会がありましたので、「あなた方は本当の政治をやっているのか? 国のために死ぬ気でやっているのか?」と、一喝してきました。
私たちは大学の2年に進級する時に、突如として東條内閣から徴兵検査を受けるように通達を受けました。学徒出陣です。理工系の学生は受けなくてよいが、文系の学生は全員受けなければならない。健康状態に問題のあった人を除いて、約10万人が出陣したとも言われておりますが、陸軍に取られた人は大陸や南方戦線に送られました。私は海軍に選抜され、試験に合格して予備学生となり、土浦の航空隊で2か月半の士官教育を受けました。
そこで随分鍛えられました。もう殴られる、蹴られるは当然でございます。そういう中で、「よいか、海軍は3Sだぞ。スマート(機敏)、ステディ(着実)、そのためにサイレント(静粛)だ」と叩き込まれた。
そして22歳の時、私は出撃命令を受け、特別攻撃隊として250キロ爆弾を2つ積んで沖縄の沖へ飛び立つ予定でした。1945年5月21日、本当はその日が私の命日だったと思っております。ところが出撃の直前に待機命令が出た。そのひと言で、私はきょうまで生きてまいりました。
多くの仲間が亡くなりました。411柱。本当に優秀な、大学出身の海軍少・中尉たちでした。彼らはいまも沖縄の沖で眠っています。そして戦後、先ほどお話しした稲盛君にしても、あるいはワコール創業者の塚本幸一君にしても、先に亡くなった多くの友人たちが、本当に血の滲むような努力をして自分の仕事を打ち立て、日本の復興と発展のために貢献してきた。簡単なことではなかったでしょう。
その人たちのことを思うと、本当にこの日本の国をもう一度、素晴らしい、人間性の高い、心豊かな国にしていかなければならない。一人ひとりが本当に心温かい、思いやりのある人間になっていかなければいけないと私は思うのです。
そのために皆さん、どうか力を貸してください。日本の国をもう一度素晴らしい、お互いが助け合い、優しい思いやりの心に満ちた国にしていこうではありませんか。
私はね、戦争の中から這い上がってきましたから、口先だけで「平和、平和」って言う人は大嫌いなのです。平和なんか口に出さなくてもいい。まずはこの和やかな地球に住まわせていただいていることに、私たちは感謝を持って日々生活していかなければならないと思うのです。
そして、お茶をいただく時のような正面を避け、少し下がる心があったならば、その心は自分の人間性の一つの表れとなって相手に通じていきます。一碗のお茶でも譲り合う。「お先にいかがですか?」。英語で言えば「アフター・ユー」。世界中の人がこのちょっとした譲り合いの心を持って、それを実行してくれたら、争い事は終わりますよ。そう思いませんか?(拍手)
◎千玄室さんも、弊誌『致知』をご愛読いただいていました。創刊47周年を祝しお寄せいただいた推薦コメントはこちら↓↓◎
月刊誌『致知』が創刊四十七周年の節目を迎えられ、愛読される方々が増えていることを心より嬉しく思っております。
現代の日本人に何より必要なのは、しっかりした人生哲学です。『致知』は教養として心を教える月刊誌であり、毎回「人間を学ぶ」ことの意義が説かれています。もっともっと多くの方がこの誌を通じて自らの使命を知り、日本人としての誇りを培っていただけたらと念じてやみません。
(千玄室氏は8月14日にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈り致します。)

千玄室先生が遺した日本人へのメッセージは〈致知電子版〉で全文をお読みいただけます。
。〇2025年11月号 特集「名を成すは毎に窮苦の日にあり」
追悼特別講話<生きる力>
〇2023年5月号 特集「不惜身命 但惜身命」
対談〈世界の平和に人生を捧げて〉
〇2022年4月号 特集「山上 山また山」
インタビュー〈数え100歳、生涯現役を生きる〉
〇2020年4月号 特集「命ある限り歩き続ける」
インタビュー〈生涯、茶の心で生きる〉
◇千 玄室(せん・げんしつ) ◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください
大正12年京都府生まれ。昭和21年同志社大学法学部卒業後、米・ハワイ大学で修学。39年千利休居士15代家元を継承。平成14年長男に家元を譲座し、千玄室大宗匠を名乗る。文学博士、哲学博士。外務省参与、ユネスコ親善大使、日本・国連親善大使、公益財団法人日本国際連合協会会長等を歴任。文化勲章、レジオン・ドヌール勲章コマンドール(フランス)、大功労十字章(ドイツ)、独立勲章第一級(UAE)等を受章。令和7年逝去。









