マンガの神様は、幼き頃の自分——作者・美内すずえが語る『ガラスの仮面』制作秘話

連載開始から49年、累計発行部数は5000万部を超え日本少女マンガ界に金字塔を打ち立てた『ガラスの仮面』。作者の美内すずえさんには、弊誌2008年7月号連載「生命のメッセージ」にて、遺伝子工学で世界をリードした故・村上和雄さんと対談していただきました。本日はその中から、『ガラスの仮面』制作の裏側に関するお話をご紹介します。

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少女マンガ界の金字塔『ガラスの仮面』

<村上>
なぜ『ガラスの仮面』という作品がこれほど長く、そしてそれほど多くの人に読まれるのか。今回はその秘密を美内さんから盗もうと思って対談をお願いしたんです。

おそらく僕と一緒で、『致知』の読者は『ガラスの仮面』を知らない人が多いはずだから、まずはあらすじをお話しいただけますか。

<美内>
簡単にご説明しますと、女優を目指す女の子の成長物語です。

主人公の北島マヤは学校の勉強もできないし、親の言うことも聞かないし、美人でもないし、何の取り柄もないんだけれども、お芝居がすごく好きで、ある時学校の演劇を通して自分の才能に目覚め、生きる情熱を発見するんです。

そんな彼女の才能を見出すのが、往年の大女優・月影千草です。

月影は戦後に『紅天女』という舞台で大ヒットを飛ばしていたのですが、舞台のライトが落ちてきて顔に傷を負い、舞台から姿を消してしまう。

しかし、密かに『紅天女』を受け継いでくれる女優を探していたんです。

そして北島マヤに出会うわけです。

ほかにもライバルの天才少女がいたり、マヤをずっと見守るあしながおじさんのような青年がいたりと、少女マンガの面白いところを全部入れているような感じですね。

胸の奥に棲むマンガの神様

<村上>
マンガに話を戻しましょうか。30年以上も1つの物語を描き続けて、描けなくなったことはないんですか。

<美内>
お休みはいただきますが、描けなくなったことはないですね。

<村上>
それはすごい。やっぱりサムシング・グレートの導きかな。また、それだけのテーマとの出合いも大きい。

演劇少女を主人公にしたきっかけはあるのですか。

<美内>
よく主人公・北島マヤのモデルはあるのですかと聞かれるのですが、実はあるんです。

実家が大阪で理容室をやっていまして、私が子どもの頃は映画が全盛の時代でしたから、店にポスターを貼ると配給会社から無料鑑賞券をもらえたんですね。

それで物心つく前から母に手を引かれて映画を観に行っていたのですが、それもちょうど10歳の時に『王将』という映画を観て、子ども心に衝撃だったんですね。

それまで東映の勧善懲悪ものの美剣士やお姫様が出てくる映画が大好きだったんですけれど、難波の冴えない坂田三吉というおじちゃんが、家のことも家族のことも忘れて将棋を指す。

将棋以外のことは何もできないんだけれども、将棋のことは天才的。

映画を観ながら喉がカラカラになって、この人は何だろうと。その時まではどっぷり物語の世界に浸っていたのですが、「人間って何だろう」と実世界の人間に深い興味を持ったきっかけでした。

それがずっと心にあったので、24歳で連載を始める時、坂田三吉のような主人公を出したいと思ったんです。

<村上>
坂田三吉なら、たぶん『致知』の読者も知っていますよ(笑)。

<美内>
だから『ガラスの仮面』はまず主人公のキャラクターありきで、演劇をテーマにしたのは当時の編集長の提案です。

この編集長はデビューの頃から理解してくださって、少女マンガ特有のきれいなお花とかふわふわした内容は描かなくて構わないと。

私、物語が大好きな人間なのですが、「物語が面白ければ好きなものを描いていい」と、とてもおおらかに見守ってくださっていたので、その出会いも大きかったと思います。

ただ、演劇をテーマにしたがために、こんなにも続いてしまったところはあるかな(笑)。

<村上>
それはなぜですか?

<美内>
劇中劇がありますから。

『若草物語』とか主人公にやらせるのに相応しい原作がないと、私が台本を拵えて、マンガの中で主人公に演じさせていたんです。

だから読者は『ガラスの仮面』のストーリーを味わいながら、劇中劇の物語も楽しめる。

別の連載として考えていたストーリーも20本近く『ガラスの仮面』に入れてしまったんですよね(笑)。

<村上>
出し惜しみしないんだ(笑)。

<美内>
私、やり出したら手を抜くことができないんですよ。読者に申し訳がないというか、罪悪感がある。

子どもの頃、夢中になってマンガを読んでいて、母親から「ごはんだよ」と言われ、「はい」と言いながらも読み終わるまで動けなかったんですね。

送り手になったいまは、親からごはんだよと言われても読み終わるまでは動けないような作品を描いていきたいと思っています。だからいつも子どもの頃の自分が対象なんです。

変な話ですけど、胸のちょっと奥のほうにマンガの神様が棲んでいて、描いている時に私にダメ出しをするんですよ(笑)。

先ほど申し上げたように空白になって自分を忘れてしまえればいいんですけど、締め切りに追われ、忘れ切れないでいくつかのシチュエーションが浮かんでくる時がある。

「これはどうかな……」と思いながら描くと、マンガの神様からダメ出しをされるというか、どうも胸が弾んでこないんです。

これもダメ、あれもダメ、全部ダメとやっているうちにクリアになってきて、「あ、これだ!」というのが出て初めてOKがもらえる。

「面白い!」という感覚が体いっぱいに広がるんです。

たぶんその神様というのは、子どもの頃に面白がってマンガを読んでいた私自身じゃないかと思うんです。その神様が私に手を抜くことを許さないんですよ。

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◇美内すずえ(みうち・すずえ)
昭和26年大阪府生まれ。43年大阪成蹊女子高校在学中にマンガ家デビュー。いくつもの人気作品を生み出す。代表作『ガラスの仮面』は50年から連載がスタートし、休載を挟んでいまなお物語が継続している演劇大河ロマン。単行本は42巻(平成20年5月現在)、幾度となく舞台・テレビ化される人気作品。

◇村上和雄(むらかみ・かずお)
昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博士課程修了。53年筑波大学教授就任。遺伝子工学で世界をリードする第一人者。平成11年より現職。著書に『心の力』(共著・致知出版社)など多数。

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