2024年09月25日
~本記事は月刊『致知』2024年7月号掲載記事を一部編集したものです~
母が説き諭した人としての正しい道
〈林〉
創業以来、私の思いを社員たちに理解してもらうべく毎年つくってきた経営方針書を眺めていると、40年間の歩みが幾多の苦労や忘れ得ぬ思い出と共に鮮明に甦ってきます。
昭和59年6月14日、北海道札幌市で中古車輌7台、妻と6名の従業員と共に、プレハブ造りの社屋でエース運輸(現・エース)を創業しました。初めから高邁な志を抱いていたわけではありません。当時は長女が生まれたばかりで、家族を養っていくために「何とか儲けなきゃ」と必死でした。
半年後、ある社員から「社長、うちの会社には経営理念とか社訓ってないの?」と聞かれ、返答に窮したほどです。それを機に、一人真剣に熟考して生まれたのが「物流を通じて社会に貢献し、人間味のある物流を行う」という経営理念であり、「顧客様第一に徹する/如何なるニーズにも応える/完璧なる仕事を行う/車輌及び商品を大切にする/全社員が営業マンに徹する」の5か条から成る社訓でした。
その原点には紛れもなく母の教えがあります。貧乏生活の中で懸命に働き、実直そのもので躾に厳しかった母は、尋常高等小学校しか出ていないにも拘らず、「嘘をつくな」「ずるいことを考えたらダメ」「辛い仕事を優先するんだよ」など、人としての正しい道をいつも説き諭してくれました。
あれから40年――北海道・東北・関東に30か所以上の拠点を持ち、車輌700台、従業員1,600名、取引先400社、売上高150億円を超える総合物流企業へと成長したのは、正直かつ誠実な商売を一途に続けてきたことに尽きます。
大切なのは見返りを求めないこと
いまでこそ大卒生が多く入社してきますが、創業当時は中卒や高校中退といった学歴のないやんちゃな人間を相手に、朝礼や社長ミーティング、挨拶・礼儀などの基本を訓練する勉強会を徹底することからのスタート。まさに社員との綱引きでした。社員に泣きつかれて決して安くないお金を貸したところ、翌日から来なくなり、夜逃げ資金に使われたこともあります。勤続10年で海外旅行に連れていくと約束し、楽しく帰ってきたと思ったら、程なく何人も辞めていきました。
その状況が数年続き、社員の裏切りにさすがに嫌気が差し、妻に愚痴をこぼすと、思いがけない言葉が返ってきました。「期待するから裏切られたと思うのよ。期待するのをやめなさい」。鈍器で頭を殴られたような衝撃でした。実際、不思議なことに期待をやめた途端に社員が辞めなくなったのです。
「行かせてやったんだからもっと頑張れよ」という傲慢さや打算が私の言動から見え透いていたのでしょう。私の心が晴れたことで、社員の働く姿勢も変わっていきました。
以来、社員にもお客様にも協力業者様にも「見返りを求めない」を心懸け、一つひとつの仕事に真心を込めて取り組むことで、図らずもたくさんの引き合いをいただけるようになりました。得るは捨つるにあり、とは至言だと実感します。
正直であれ、誠実であれ。これは私の信条であり、6年前に交代した社長、後継者である息子、全社員に伝えたい言葉です。日本一クオリティの高い総合物流企業。この夢の実現に向けて心を燃やしています。
◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。