はなちゃんがみそ汁をつくり続ける理由

母親をがんで失った5歳の女の子が、父親のために毎朝みそ汁をつくり続ける姿を描いた実話『はなちゃんのみそ汁』は大きな感動を呼びました。なぜはなさんは毎朝みそ汁をつくり続けるのか。はなさんの父・信吾さんに語っていただきました。

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はなちゃんがみそ汁をつくり続ける理由

最後まで奇跡を信じて疑わなかった僕は、千恵の死をなかなか受け入れることができませんでした。

絶望に打ちのめされて酒と煙草が手放せなくなり、精神安定剤がなくては眠ることもできませんでした。

千恵の遺影の前で泣かない日はないくらい、途方に暮れた毎日を過ごしていました。

千恵の死から1か月ほど経った頃、ある光景に出合い、僕は目を覚まさせられる思いがしました。

5歳のはなが台所に立っているではないですか。

はなは千恵との約束を思い出し、その日から毎朝、僕のためにみそ汁をつくってくれるようになったのです。

当時、僕は好きだった調理をする気力さえ失い、もっぱらコンビニ弁当やカップ麺ばかり買ってきて食べさせていたので、はなも子供心に「このままではいけない」と思ったのかもしれません。

後日談ですが、僕たち親子のことがテレビ番組で取り上げられた時、「はなちゃんはなぜ毎朝みそ汁をつくるの」とディレクターに質問されたはなが「パパが笑ってくれるから」と答えていました。

夜、ぐっすり眠っているとばかり思っていたはなが、実は薄目を開けて遺影の前で泣き続ける僕の背中をずっと見ていたと知った時には、涙が止まりませんでした。

「弁当の日」は、親の手を借りることなく子供が弁当をつくって学校に持ってくる取り組みです。

子供の健全で揺るぎない自己肯定感を育む手段の一つで、「してもらう側」から「する側」への成長のチャンスでもあります。

竹下先生は、大切な人のためにご飯をつくって「自分は人の役に立つ存在だ」と自覚するための環境づくりが必要だと強調されますが、精神的に成長したはなの姿を見ながら、その言葉を噛かみ締めている自分がいました。

もともと腎臓に持病を抱えていた僕はその頃、生活リズムが不規則な記者の現場を離れて出版部に異動していました。

千恵が闘病中は、千恵の様子を見ながら夜泣きするはなにミルクを与え、朝、眠たい目を擦こすりながら職場に行くのが常でしたが、千恵の死後も仕事の傍かたわら、家事や洗濯、保育園の送迎、はなが小学校に入ると今度は子供会、PTAとあまり記憶がないくらい慌ただしく走り続けていました。

夜、保育園に迎えに行くと、「パパが迎えに来たよ」という保育士さんの声を聞いたはなが、読んでいた絵本を放り投げて駆け寄り抱きついてきた日々は、いま思い返しても胸が苦しくなります。

ただ、確かに大変な毎日ではありましたが、僕はこの大変な子育てをもう一回やれと言われたら、もしかしたら喜んでやるかもしれません。

肉体的には確かにしんどい毎日でした。

しかし、「あの時、こうやっておけばもっとうまく子育てができたのに」と思うことがいくつもあるし、今度はもっと上手に子育てができる自信があるからです。

そんな僕でも、思い出したくない出来事があります。

それはその後に訪れる、はなに対するいじめと反抗期でした。


(本記事は月刊『致知』2024年9月号 特集「貫くものを」より一部抜粋・再編集したものです)

(元記事の読みどころ)
千恵さんとの死別から15年。はなさんと父・信吾さんは今日までどのような人生を生きてきたのでしょうか。いじめや反抗期など様々な問題に直面しつつも絆を深めていった親子の歩み、貫いてきた妻・千恵さんの願いを信吾さんに語っていただきました。

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◇安武信吾(やすたけ・しんご)
昭和38年福岡県生まれ。63年西日本新聞社に入社。久留米総局、宗像支局、運動部、出版部、地域づくり事業部、編集委員を経て令和2年退職。現在は「食」「いのち」をテーマにしたドキュメンタリー映画を制作。『弁当の日 「めんどくさい」は幸せへの近道』で初監督、『いただきます みそをつくるこどもたち』ではプロデューサーを務める。著書に『はなちゃんのみそ汁』『はなちゃんのみそ汁 青春篇』(共に文藝春秋)など。

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