ペンタゴン(アメリカ国防総省)に学ぶ「心の鍛え方」——カイゾン・コーテ

常に死と背中合わせの危険なミッションに挑み続けるアメリカ国防総省・ペンタゴンの人々。そこには、過酷な状況にあっても業務を遂行するための心を鍛えるトレーニング法があるといいます。

そのトレーニング法をもとに独自のメソッドを開発したカイゾン・コーテ氏(米国国防総省キャリア)に、心の鍛え方をご紹介いただきました。

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いかなる間違いも失敗も許されない

〈カイゾン〉
アメリカ国防総省、通称ペンタゴン。ここは軍人や一般職をはじめとする320万人を要する世界最大の組織です。国防の中枢だけに、その全貌は機密のベールに覆われ、一般には明らかにされていません。

しかし、そこで働く人々には、苛酷なミッションと想像を絶する厳しいトレーニングが課せられていることは誰もが想像できるでしょう。ハリウッド映画さながらの、息を呑むような情景が展開されていることも事実です。

想像を絶する厳しいトレーニングが課せられる理由。それはペンタゴンのミッションは絶対に、いかなる間違いも失敗も許されないからです。防衛やテロ対策、地域紛争処理、災害救助など、ペンタゴンのすべての任務は一歩間違えれば、尊い多くの人命をも巻き込みかねないものばかりです。そこにはただ一つ、「正解」という答えしかあってはならないのです。

私はかつて職業軍人(空軍将校)として北極で軍を率いた経験を持っています。その後はペンタゴン内局の国防情報システム局で任務を遂行してきました。また、サイバーセキュリティのスペシャリストとして、サイバーテロ撲滅に命を懸けてきました。

そこで求められる答えが、やはり「正解」であったことは言うまでもないでしょう。

困難なミッションに向き合う時、心が怯まない人はいません。時に逃げ出しそうになってしまうこともあります。私を含めペンタゴンにいる人たちは少なからずその感情を味わっているはずです。

しかし、こと国防においては、いつまでも怯んだままでいることは許されません。死を選びたくなければ、何が何でも立ち上がって目的達成のために前に進んでいく以外に道はないのです。

そういう時、最も重要になるのが心の持ち方です。いくら屈強な肉体や勝れた技術があったとしても、肝心の心が折れてしまっては、任務の完遂は不可能です。そのためにペンタゴンには様々なトレーニング法が準備されており、私自身も心を整えることで厳しい局面を打破できることを体験してきました。

そして、それは決してペンタゴンだけに当てはまるものではありません。生きる上で直面する試練や逆境を乗り越える上でも、基本は同じだからです。そのことに気づいた私は、ペンタゴンで行われる心のトレーニング法に自らの体験を取り入れ、一般にも適用できるメソッドを「The Training」として確立してきました。

問題解決には無数の方法がある

「心のトレーニング」の必要性を私が身を以て感じたのは、何といっても北極に派遣されていた14か月間でしょう。この期間は見たくない自分や相手の弱さや感情と否が応でも向き合わざるを得ず、それだけに自身を掘り下げていく貴重な機会でもありました。

北極はレーダーの主要基地の一つで、大吹雪が来れば一歩も外出できない状況下で千人が共同生活をします。白夜や風雪、極寒など様々な気象条件は、隊員たちの心身に容赦なくダメージを与えます。

母国の家族や知人と気軽に連絡を取る手段もありません。そういう中、私は30人いた将校の一人として、1,000人の心を一つにまとめていく役割を果たしていきました。

閉ざされた世界の中では、皆が運命共同体です。そこでは気が合う、合わない、先輩だから、後輩だからということも関係ありません。一人ひとりの知識や長所などを最大限に生かしながら、それぞれが役目を果たしていかなくてはいけません。

しかし、現実には人間同士のトラブルは当然発生します。誰もが極限の精神状態にあり、ホームシックにかかる人も続出しました。これらをまとめていく作業は、正直タフでした。

私は指揮官の一人として、どんな状況下でも妥協は許されない立場でした。有能な部下の妻が不治の病に罹ったと聞いた時も「すぐに帰りなさい」とは言えませんでした。部下の気持ちを察しつつ、組織を機能させていかなくてはいけない。そのジレンマがいかに苦しかったことか。

湾岸戦争時、仲間の死に直面した兵士たちがPTSD(心的外傷後ストレス障害)になるなど厳しい場面を経験していた私ですが、北極の苛酷さはそれをも上回るものがありました。

北極でも砂漠でも、真面目で普段は完璧に任務をこなす優秀な部下が途端に全く機能しなくなることがあります。このような問題は人それぞれに条件も症状も異なり、すべて同じ方法で解決できるわけではありません。

しかし、私はその解決方法に一つの共通点があることに気づきました。「自らの弱さを受容し、失敗を許す」ということです。

人が困難に立ち向かう時、目の前の恐怖や不安に打ち勝とうとする勇気は当然必要でしょう。しかし、自分の中にある弱さに目を瞑っている間は本当の勇気を発揮することはできません。時には自分の失敗を許し、失敗を耐え忍ぶ力をつけることも心を鍛え、組織を強くすることになるのです。

私たちは一つの物事を見る時、「これが正しい」「これは間違いだ」と自分の思い込みで反応してしまいがちです。しかし、絶対に負けることが許されない戦場でも、頑張ることだけでは問題解決に繋がらないことがあります。むしろ「頑張らない」「勇気ある撤退」という選択肢に正当性があることも少なくありません。

忘れてならないのは、問題解決には無数の方法があり、正解は一つとは限らないということです。ですから「もう駄目だ」などとは絶対に思わないことです。ことにリーダーにはそうした思考の柔軟性が必要であり、そういうリーダーであって初めて、状況も自分自身も律することができるのだと思います。


(本記事は月刊『致知』2016年5月号 特集「視座を高める」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇カイゾン・コーテ(Kaizon Cote)
アメリカサンフランシスコ生まれ。アメリカ軍事大学院で修士課程を修めたのち、アメリカ国防総省国防情報システム局へ入局、情報部隊のエキスパートとして活躍。国防総省、軍で行われている様々なトレーニングの中から、人生の可能性を広げるためのノウハウを抽出した独自メソッドを2011年に完成。現在は国防総省、軍に籍を置きつつ、プライベート機関ディフェンス・ディベロップメント・コンセプツ社を開設し、セミナーなどを開催。著書に『ペンタゴン式ハードワークでも折れない心のつくり方』(KADOKAWA)などがある。

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