「私は500%信じている」——孫正義氏がSBIホールディングスCEO・北尾吉孝氏に語った言葉

SBIホールディングスCEOとして金融業界に革命を起こしてきた北尾吉孝氏。北尾氏が野村證券時代・ソフトバンク時代に出会った人物と、彼らとの出会いから学んだ経営哲学とは――。「カラを、破ろう。」のスローガンのもと業態の変革を実行してきた三井住友フィナンシャルグループ前社長・太田純氏との対談の中で語っていただきました。(本記事は月刊『致知』2020年10月号 特集「人生は常にこれから」より一部抜粋・編集したものです)

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「経営は時間の関数だ」

〈北尾〉 
私が野村證券時代に最も影響を受けたのは、社長を務められた田淵義久さんでした。

「おい北尾、ちょっと来い」と私を会議室に呼んでは、「ニューヨークの機関投資家の最近の動きはどうだ」などと、1時間くらい私の話に熱心に耳を傾けてくれましたし、料理研究家の鈴木その子さんのダイエット本を贈ってくださったこともあります。私の太り過ぎを心配されたんでしょう、「健康第一、田淵義久」とサインがしてありました。ありがたかったですね。

とにかく田淵さんには、公私にわたって様々な指導を受けてきましたけれども、中でも特に印象に残っているのが、「経営は時間の関数だ」という言葉です。

〈太田〉 
経営は時間の関数。

〈北尾〉 
簡単に言えば、経営は時間の経過とともに業績が伸びていくことが大事で、そのためにも時流に乗ったビジネスをしていかなければならないということです。

しかし、そこにはもっと深い意味が込められていて、限られた時間の中で経営者として会社をいかに最大限伸ばしていくか、時間の捉え方を厳しく問いかける言葉であることを最近とみに感じるようになりました。

時間はこの一瞬しかなく、その一瞬を逃せばもう状況は変わってしまっている。ですから私は経営でスピードを非常に重視していますし、迅速に物事を判断していくためには、常に直観力を研ぎ澄ませておかなければなりません。

その直観力を磨くにはどうしたらよいかということで、一時期随分本も読みましたけど、結局は太田さんがおっしゃったように、練習しかない。経験を重ねることによって初めて直観力は磨かれると思っています。

〈太田〉 
同感です。

以前読んだ本によれば、人間が直観で最初にパッと判断した結果と、よくよく考えて出した結果は、8割方同じになるらしいですね。

人間の判断というのは、インプットした情報をもとに考えてアウトプットすることですけれども、経験を積むと神経回路の中にショートカットができて、即座にアウトプットできるようになる。これが直観だと書かれていましたが、私もその通りだと思うんです。

ですから、短い時間で正しい判断を下すためにも、経験を積み、鍛錬を重ねていかなければなりません。先ほど北尾さんがおっしゃったように、テレビを見ながら、自分がこの主人公の立場だったらどう判断するかと考える。あるいは他社の経営判断の可否を自分の立場で考えてみる。平素からそうした鍛練を積んでおくことが大事だと思います。

「北やんを500%信じている」

〈北尾〉 
私が野村證券からソフトバンクに移ったのも、直観にもとづく判断と言えます。

野村證券ではやりがいのある仕事をたくさんこなして、それなりによいポジションにも恵まれていたのですが、尊敬してやまない田淵義久さんが不祥事に巻き込まれて会社を追われてしまいました。

田淵さんがいなくなったらもう野村證券もダメだと思っていた時に、「うちに来てくれませんか」と声をかけてくださったのが、担当していたソフトバンクの孫正義さんでした。「北尾さんが来てくれればソフトバンクは飛躍できるんです」と。

私は10日間時間をもらって、ソフトバンクという会社の将来性について徹底的に調べた上で、孫さんのお誘いに応じることにしました。

いまでもよく覚えていますが、その頃お世話になっていた運転手さんが、「北尾さん、ここのおみくじはよく当たるんですよ」と、赤坂の豊川稲荷へ案内してくれました。

車の中で私が電話しているのを聞いて何となく事情を察してくださったんでしょう。私は滅多にそういうことはしないんですが、そこでおみくじを引いたら一番大吉でしてね。まさに転機だと思って、翌日孫さんに「お世話になります」と言いに行ったんです。1995年、44歳の時でした。

〈太田〉 
人生を変える大きな転機でしたね。

〈北尾〉 
考えてみると、私の転機はすべて天の配剤で、その天意に従って今日まで歩んできたように思います。

そうしてソフトバンクの常務になってからは、当時話題になったアメリカのコムデックスやジフ・デイビスの買収、ヤフーへの出資のための巨額の資金調達を手掛けました。

当時の資金調達というのは、銀行の支店長さんに頭を下げてお金を貸してもらうのが一般的でした。当時のソフトバンクは、11行からなる銀行団から約500億円の融資を受けていました。

しかし、それを元手に一定規模以上の買収を行うためには全行からの了解が必要で、大型の案件には銀行も慎重になりますから買収は困難になる。孫さんは世界一の企業になるという高い目標を掲げていましたが、私は「このままではとても無理ですよ」と。

そこで、まずは銀行から調達した資金を全額返済し、銀行を介さず自由に買収活動を行えるようにしようと考えて、財務代理人方式による社債発行で500億円の資金を調達したのです。

幸運にもこれがうまくいったおかげで、当時店頭公開したばかりのソフトバンクが資本市場から巨額の資金を調達して、考えられないような大型買収を続けざまにやってのけることができたわけです。

常識破りの手法でしたから、主要な取引銀行からは随分厳しいことを言われましたが、あの時の孫さんの態度は実に立派でした。

ちょうどアメリカへ出張していた孫さんが、「今度入った北尾という男が、とんでもないことをやっている」と様々な銀行からの電話で言われて、「北やん、いったいどうなってるんだ?」と。臨時役員会で事情を話してほしいと言われて説明したら、全役員が賛成してくれました。

私はその席で「もしこの資金調達がうまくいかなかったら、遠慮なく私のクビを切って、銀行とよりを戻してください」と言いました。そうしたら孫さんが言ってくれたんです。「私は北やんを500%信じている」と。

〈太田〉 
嬉しい言葉ですね。

〈北尾〉 
彼は私より6つ年下で、当時はまだ随分若かったのですが、よくそこまで肚を括ってくれたなと感激しました。

私は役員会などでいつも率直にものを言うものですから、孫さんはムカッとくることもしょっちゅうあったと思うんです。

けれども彼は二人っきりになると、「北やんはソフトバンクのために、孫正義のために言ってくれているから、本当にありがたいと思っている」と言ってくれました。孫さんのそういう度量の大きさに、私は深く感じ入りましたね。

 


北尾吉孝さんにも弊誌『致知』をご愛読いただいています。
創刊47周年を祝しお寄せいただいた推薦コメントはこちら↓↓◎

『致知』は私の愛読雑誌となっている。

この雑誌を読み始めて、ある種の安心感を得た。世の中には「人生いかに生きるべきか?」という問いの答えを探し続け、自己の修養に努めている方々が多くおられる、と知ったからである。

我々は君子を目指し、一生修養し続けなければいけない。私利私欲で汚れてしまう明徳を明らかにしなければいけない。

そして、その修養の一番の助けになるのが、私はこの『致知』であると思う。

 

◇ 北尾吉孝(きたお・よしたか)
昭和26年兵庫県生まれ。49年慶應義塾大学経済学部卒業。同年野村證券入社。53年英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村企業情報取締役、野村證券事業法人三部長など歴任。平成7年孫正義氏の招聘によりソフトバンク入社、常務取締役に就任。現在SBIホールディングス代表取締役社長。著書に『何のために働くのか』『君子を目指せ小人になるな』(共に致知出版社)など多数。

 ◇太田純(おおた・じゅん)
昭和33年京都府生まれ。昭和57年京都大学法学部卒業。同年旧住友銀行入行。平成21年三井住友銀行執行役員。27年には新設されたITイノベーション推進部の担当役員として、ベンチャー企業との協業やキャッシュレス決済事業を推進。29年三井住友フィナンシャルグループ取締役兼副社長。31年同グループ社長。

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