高橋尚子を育てた故・小出義雄監督が語った「本当の福が回ってくる人」の共通点

国民栄誉賞を受賞した〝Qちゃん〟こと高橋尚子選手など、数々のメダリストを育てた小出義雄さん。平成31年に亡くなった名伯楽は、選手の才能をいかに見抜き、伸ばしていたのか。2,000社を超える企業の再建に携わった長谷川和廣さんとの対談には、その指導のエッセンスが鏤められ、最後に勝つ選手はどういう人なのかを示しています。

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選手に夢を持たせる

〈小出〉
Qちゃんも最初は入れるのをためらったんですよ。実績もないし、大学まで出て年を取っていましたからね。だけどQちゃんは「お願いします。私を強くしてください。お給料は要りません。ごはんが食べられればいいんです」と言う。健気でしょう。僕は単純な性格だから「よーし、世界一にしてやる」ってなるじゃない(笑)?

〈長谷川〉
指導者としてその気にさせられた。

〈小出〉
はい。指導法としては、一度Qちゃんを「ダメじゃないか!」と叱ったことがあったの。そうしたらぴゅーっとすくんじゃって、「あ、この子は叱ったら育たないな」と思いました。家族構成なんかも調べてみたら、正直に素直に育ってきたんだろうなという環境なんです。それでこの子は徹底的に褒めて育てようと決めました。

〈長谷川〉
小出さんの褒め上手は選手に対してだけじゃないですからね。同窓会などでは参加者一人ひとり全員褒めている(笑)。

〈小出〉
だって人はみんないいところあるじゃない。貶すより褒めたほうがいいでしょう。

僕がいつも指導の参考にしているのは、よく休みの日に河川敷なんかで子供とキャッチボールしているお父さん。ボールを投げて、子供がグラブに触っているけど捕れなかったりするでしょう。「おい、しっかり捕れ!」なんて言うお父さんもいるんです。

見かねて言ったことがある。「小出だったらね、“おまえよくなったぞ。グローブに触っているんだからな”って褒めるよ」と。子供は叱られてビクビクしていたら捕れるボールも捕れなくなりますよ。褒められたら、よし、次は捕るぞという気持ちになる。

やっぱり親でも先生でも上司でも、指導者の仕事は夢を持たせてあげることでしょう。子供の心を掴めない親父は、たぶん企業でも部下を育てられないんじゃないかなと思う。

〈長谷川〉
私はミスした時はきちんと叱るべきだと考えています。実際、「長谷川さんに叱られた時は命が縮むくらい怖かった」と言われたこともありました。だから感情むき出しですよ。

ただ、やはり叱られたら当然部下は傷つきます。後ろ向きにもなるし萎縮もする。だから、私は思いっきり叱ったら、その倍の時間と労力をかけて褒めることにしていたんです。ただ、褒めるには部下のことをよく見ていないと褒められません。

嫉妬しない素直な人間が伸びる

〈長谷川〉
有森さんにしても高橋さんにしても、ご自分から小出さんの門を叩いてきた人たちですね。

〈小出〉
そう。勧誘した子は強くならない。一銭もかけなかったのが強くなっている(笑)。要するに志の差ですよ。

〈長谷川〉
ただ、選手の皆さんは誰もが日本一、世界一になりたいと思っているわけですから、対抗意識や嫉妬のようなものはなかったんですか。

〈小出〉
一度おもしろいことがありました。Qちゃんの先輩に鈴木博美という選手がいたんですね。彼女は1997年のアテネ世界陸上で金メダルを取った実力のある選手です。

リクルート時代、僕はQちゃんにも鈴木にも「おまえは必ず世界一になる」と言っていたんです。まさか話をすり合わせるとは思っていなかったのですが、ある日鈴木がものすごい剣幕で僕のところに来て、「監督は私に世界一になると言っていたのに、Qちゃんにも同じことを言っていた」ってカンカンに怒っていた(笑)。

困っちゃってね、「いいか、よく聞けよ。おまえの世界一はぶっちぎりの世界一だ。Qちゃんは競り合って競り合って、やっと世界一になる。両方とも世界一だけど、おまえはぶっちぎって優勝するんだから、怒ることはないだろ」と言ってその場を収めたんですけれども(笑)。

〈長谷川〉
さすがですね、褒めながらその場を鎮めた。

・  ・  ・  ・  ・  ・

〈小出〉
実際、鈴木のほうが才能はあったんですよ。ただ、僕が何度マラソンをやるように水を向けても、「いやです。あんな恐ろしく長い距離を走れませんよ。私は1万メートルでいいです」と言って受け入れなかった。

その後、鈴木はオリンピックの有森の活躍に刺激を受けてマラソンに転向したのですが、彼女がそう言い出すまで10年待ちました。

もしも、最初に勧めた時に鈴木が「はい」と言っていれば、たぶんオリンピックで金メダルを2つ取っていたはずです。シドニーの金メダルも高橋ではなく鈴木だったと思っています。

〈長谷川〉
勝負の運は分からないですね。

〈小出〉
たぶん、運というのは誰もが持っているんですよ。それに気づかないで逃している人が多いんですよ。

〈長谷川〉
やっぱり伸びるためには「やってみるか」「はい、頑張ります」というような素直さが必要でしょうね。

〈小出〉
そういう意味ではQちゃんは素直だったし、明るかったし、何より嫉妬しない子でした。本当は嫉妬していたのかもしれないけれど表に出さず、「有森さん、よかったですね」「鈴木さん、よかったですねぇ」と喜んで、「私も頑張ります!」というタイプでした。

だから僕はいつもうちの選手たちに口を酸っぱくして言うんですけど、「自分だけ勝てばいいというのでは一流にはなれないよ」と。

人間、嫉妬しているうちは本当の福は回ってこない。たとえライバルだとしても、人の喜びを「よかったね」と心から喜んであげて、「私も頑張るわ」と発奮剤にできるような人じゃないと伸びないと思います。企業であれば、「うちも儲けるからおたくも儲けてね」という姿勢が大事だと思います。


 (本記事は月刊『致知』2010年9月号 特集「人を育てる」より一部を抜粋・編集したものです)

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小出義雄(こいで・よしお)
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昭和14年千葉県佐倉市生まれ。高校卒業後、苦学の末に36年、22歳で順天堂大学入学。千葉県立佐倉高校、市立船橋高校などで教鞭を執った後、リクルート・ランニングクラブ、積水化学女子陸上競技部監督を務める。平成14年に佐倉アスリート倶楽部を設立し、後進の育成に当たっている。著書に『育成力』(中公新書)『君ならできる』『へこたれるもんかい』(ともに幻冬舎)ほか多数。平成31年4月死去。

◇長谷川和廣(はせがわ・かずひろ)
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昭和14年千葉県佐倉市生まれ。中央大学経済学部を卒業後、十條キンバリー、ゼネラルフーズ、ジョンソン等でマーケティング、プロダクトマネジメントを担当。その後、ケロッグジャパン、ニコン・エシロールなどで代表取締役社長を歴任。これまで2000社を超える企業の再生事業に参画し、赤字会社の大半を立て直してきた実績を高く評価されている。

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