五木寛之と稲盛和夫——昭和7年生まれの二人が語り合ったこと

作家・五木寛之さんと京セラ名誉会長・稲盛和夫さん。月刊『致知』2004年8月号、そして11月号に掲載された二人の対談は、当時大きな反響を呼びました。ともに昭和7年に生まれ、片や作家として、片や経営者として歩んでこられた二人には、道こそ異なれど、生と死に向き合うその真摯な姿勢に共通するものがあります。

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情報とは、情を報ずること

〈稲盛〉
私は常々、本当にいい経営を持続していこうと思えば、心を清らかに、より純化した状態にしていかなければいけないと考えていましてね。いかに美しい思い、美しい行為をもって商いをするか、という命題を、そういう私の考えに賛同してくれる仲間とともに追究しているのです。

しかし、心の純化が経営においても大切だという話をしても、一切受け付けない人もいます。そういう人に、一緒に学びましょう、といくら手を差し伸べても、耳を傾けてくれないのです。

一方、そういう話の通じ合う仲間には、そのようなことも以心伝心となり、よく、「われわれは似たもの同士だな。お互いの魂が持っている波動というか、波長が合うんだよな」ということを言い合うのです。

実際、世の中には、すれ違っただけで心の通じ合うような人がいます。例えば、私と一度も会ったこともない若い人なのに、私の本を読んだ瞬間に故郷へ帰ったような気持ちになった、といって手紙をくれたりする人もいるのです。そういうことがあるたびに私は、そういう人とは、やはりかつてどこかで魂の触れ合いを体験したのではないか、というような気がするのです。

〈五木〉
若い読者が、稲盛さんのご本に共感を抱いて手紙をよこすというのは、書かれている思想とか内容はもちろんですけれども、それより先に、何か心の中に感じるものがあるからだと思うのです。

俗にいう〝気が合う〟というか、先ほど〝波動〟という言葉を使われましたが、これはオウム真理教の事件以来、一般には非常に怪しげなものと思われている言葉ですが、そういうものがまず感じられたからだと思うのです。ですから一冊の本でも、内容をすべて読まなくても、本の表紙を店頭で見ただけで、この本は自分の読むべき本だという感じのすることはよくあるのですね。

〈稲盛〉
そうですね。一方、顔を見ただけで、また少し話をしただけで、 邪な印象を受け、いくら好条件でも、 商談を進めることを思い止まることがあります。 私は、そのようなことも、人間が自分の思いを 発信しているからだと思うのです。

だから、同じ思いを発している人と引き合ったり、 また異なる思いを発している人と 反発したりするのだと思うのです。

〈五木〉
そういう感覚は非常に大事なことだと僕は思います。

たまたまここへ来る前にプラトンの『饗宴』を 拾い読みしていたら、「ハーモニー」という 言葉が出ていました。 音には合う音と合わない音があって、 合う音が共鳴し合うことによって、 もう一つの新しい音が生まれてくる。そういうことが人間対人間、 あるいは思想対思想の中にもあって、 その波長、リズムが共鳴するような、 波動の音階があるのではないかと思うのです。

そういうことは、理論で納得するより 感じることだと僕は思うんですね。 古来、宇宙との合一とか、自然法爾、 すなわち、自分が宇宙万物の一部として生み出され、 生かされていることを実感して、そのことに感謝する、というようなことがいろいろと言われてきましたが、そういうことは、理論でずっとたどっていって納得するのではなく、普段から自分も自然に感じていた、というようなことってありますよね。

〈稲盛〉
ありますね。

〈五木〉
僕は、そういう実感を、いまはもっと 大事にしなければいけないと思っているんです。いまは情報があまりに氾濫しているために、自分の実感を情報によって修正していくことがしばしばあります。

こんな偉い人がこう言っているし、こんな情報もあるから、自分の思っていたことは 間違っているかもしれないと。しかし結局後から、やはり最初に 直感的に感じたことのほうが正しかった、というようなことがしばしばあります。

情報化の時代だなんていわれますが、 いまいわれているのは情報ではないと 僕は思うんですよ。情報というのは「情を報ずること」だと思うんですね。情というのは人間の感情とか感覚に当たるものです。ですから、数字とか統計とかデータというのは、むしろ情報の下位に属するもので、本当の情報というのは、人間の心の中の感情をきちっと把握してそれを伝えることだと思うんです。 


(本記事は『致知』2004年8月号 特集「何のために生きるのか」より一部抜粋したものです)

◉『致知』最新1月号 特集「人生の大事」に五木さんがご登場!!

一大事とは今日只今の心なり。江戸期の禅僧・正受老人の言葉です。とかく過去や未来に目を奪われ、大切な足元を疎かにしてしまいがちな我われ凡夫への尊い戒めといえます。この名句と同様に、作家として、尼僧として、それぞれの立場から人々に多くの示唆を与えてきたのが五木寛之氏と青山俊董氏です。共に90代の坂に差しかかったお二人は、人生の大事をどう捉え、いまをどう生きているのでしょうか。詳細は下記バナーをクリック↓

 

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◇追悼アーカイブ
稲盛和夫さんが月刊『致知』へ寄せてくださったメッセージ

「致知出版社の前途を祝して」
平成4年(1992)年

 昨今、日本企業の行動が世界に及ぼす影響というものが、従来とちがって格段に大きくなってきました。日本の経営者の責任が、今日では地球大に大きくなっているのです。

 このような環境のなかで正しい判断をしていくには、経営者自身の心を磨き、精神を高めるよう努力する以外に道はありません。人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。

 私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。経営者の日々の判断が、企業の性格を決定していきますし、経営者の判断が社員の心の動きを方向づけ、社員の心の集合が会社の雰囲気、社風を決めていきます。

 このように過去の経営判断が積み重なって、現在の会社の状態ができあがっていくのです。そして、経営判断の最後のより所になるのは経営者自身の心であることは、経営者なら皆痛切に感じていることです。

 我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう。創刊満14年を迎えられる貴誌の新生スタートを祝し、今後ますます発展されますよう祈念申し上げます。

――稲盛和夫

〈全文〉稲盛和夫氏と『致知』——貴重なメッセージを振り返る

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◇五木寛之(いつき・ひろゆき)
昭和7年福岡県生まれ。25年早稲田大学文学部露文科中退後、放送作家などを経て41年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞を受賞。以後、『青春の門』『朱鷺の墓』『戒厳令の夜』など数々のミリオンセラーを生む。56年より休筆、京都の龍谷大学で仏教史を学び、60年から執筆を再開。小説のほか、音楽、美術、歴史、仏教など多岐にわたる文明批評的活動が注目されている。著書に『大河の一滴』『他力』『人生の目的』『元気』『百寺巡礼』などがある。

◇稲盛和夫(いなもり・かずお)
昭和7年鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。34年京都セラミック株式会社(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、平成9年より名誉会長。昭和59年には第二電電(現・KDDI)を設立、会長に就任、平成13年より最高顧問。22年には日本航空会長に就任し、代表取締役会長を経て、25年より名誉会長。昭和59年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった方々を顕彰している。また、若手経営者のための経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注ぐ。著書に『人生と経営』『「成功」と「失敗」の法則』『成功の要諦』、共著に『何のために働くのか』(いずれも致知出版社)などがある。

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