渡部昇一の絶筆に綴られた「夢を叶える秘訣」

昨日4月17日、平成の碩学と称される渡部昇一先生が亡くなって、一周忌を迎えました。渡部先生が生前最後に執筆された遺言とも呼べる原稿には、ご自身の生い立ちや若き日の歩みと共に、自ら体得された勉強術、運を掴む方法、逆境に処する態度など、人生をよりよく生きるためのヒントが満載です。ここでは、その中でもとりわけ興味深い「夢を叶える秘訣」に迫ります――。

原因と結果の法則+α

私の20代は光と影が鮮やかである。

前半は、貧しくてお金がない中でいかに勉強に打ち込むか、大学を卒業するか、そのことに工夫を凝らしていた。

後半は、不遇の時期を経て、ドイツ留学という誠に思いがけない奇跡的な幸運に恵まれ、自分は何と運のいい男であるかを感謝するばかりだった。

我われは普段、因果律で生きている。因果律とは、原因と結果のこと。

ご飯を食べればお腹がいっぱいになる、勉強をすれば成績がよくなる、といった具合に、すべての出来事には原因と結果が存在している。

齢86となり、人生の晩年に差し掛かったいま、私自身の人生の歩みを振り返って考えると、単に原因と結果の関係だけではなく、それ以外に運という目に見えない力がどこかで働いているのではないかとつくづく思う。

運は自分の努力でどうすることもできない。しかし、幸運に巡り合う可能性を高めることはできるはずだ。

私自身の若い頃の体験談から、そのヒントを得ていただければ幸いである。

“知の巨人”を育てた両親の教え

私は昭和5年、山形県鶴岡市に生まれた。私の父も母も早くに親を亡くしたことで、小学校すら卒業していなかったが、いま思えば修養の人だった。

父は農家の長男で、農業の傍ら村の人たちに書道や算盤を教える自分の父親を非常に尊敬していた。そういう影響もあって、自分の子供には勉強させたいとの気持ちが強かったのだろう。

決して経済的に豊かではなかったが、『少年講談』『キング』といった私の好きな雑誌や本をツケで買えるよう、近所の書店に取り計らってくれた。それらを通じて、国内外の偉人伝や古典、漢詩などに触れられたことは私の財産である。

母も自分が学校に通えなかったからか、そういう父の教育方針に全く反対しなかった。母は非常に真面目な人で、子供の頃から一所懸命農作業に勤しんでいたため、僅か十歳で腰が曲がってしまい、杖をついて生活していた。

一時は自殺を考えたこともあったのだが、湯治によって回復し、それからは町に出て、髪を固める際に用いる鬢付け油を自ら開発し、商売を営んでいた。それだけの苦労を積んでいたからだろう。母は絶対に怒らなかったし、人の悪口を一切言わなかった。

このような両親のもとに生まれたこと自体が一つの幸運であり、両親にはとても感謝している。

夢を叶える秘訣

人生の恩師との出逢いも忘れられない。高校時代に英語の授業を担当していただいた佐藤順太先生である。

佐藤先生は知識を愛する人という表現がぴったりな方で、私は知らず知らずのうちに知識欲を掻き立てられ、身を乗り出して佐藤先生の授業を聴いていた。

(前列中央が恩師・佐藤順太先生/右が渡部昇一氏)

卒業の際、遊びに来いとお誘いいただき、数名の同級生とご自宅に伺ったことがある。私はそこで生まれて初めて本物の書斎を見た。

天井まで書棚があり、数々の和綴じの本や『小泉八雲全集』の初版、イギリスの百科事典二十四巻などが収蔵されている。とても山形県の田舎の一教師の書斎とは思えなかった。佐藤先生は着物姿でゆったり書斎に腰を掛けながら、いろんな話をしてくださった。

その時、私はこういう老人になりたいと強く思った。一生の目的が定まった瞬間だったと言っても過言ではない。まさしく佐藤先生に痺れたのである。

ただ不思議なことに、他の同級生は誰一人痺れなかった。それどころか、後年同窓会で集まると、「そういえばそんな先生もいたな」と言う人が大半だった。

もちろん彼らはそれぞれ他の先生の影響を受けたのだろう。だが、同じ先生に学びながら、全く影響を受けない者もいれば、私のように揺るぎない影響を受けた者もいる。

受け手の求める心や感性の如何によって、そこから学び取れる質と量は天と地ほどの差になる、と言えるのではなかろうか。

私はあの日以来、今日に至るまでの約70年間、佐藤先生のお姿や書斎のイメージが頭から離れたことはなく、いまも痺れっぱなしである。

70代になって新たに家を建て、そこに10万冊ほどの本を収めた書庫をつくり、夢を叶えることができた。

ゆえに、若いうちに何になりたいかという強い意志を持つこと。その願望を思い描き、頭の中で鮮明に映像化し、信念にまで高めることが重要であると思う。脊髄の奥で沸々と願望を燃やしていると、天の一角からチャンスが下りてくるものである。

※本記事は『致知』2017年6月号連載「二十代をどう生きるか」より一部抜粋したものです。

◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)

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昭和5年山形県生まれ。30年上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。Dr.phil.,Dr.phil.h.c.。平成13年から上智大学名誉教授。著書多数。最新刊に『一冊まるごと渡部昇一』『忘れてはならない日本の偉人たち』(ともに致知出版社)。

 

渡部昇一先生は、2017年4月17日に逝去されました。その一周忌に際し、渡部先生を偲んで、追悼出版を企画いたしました。渡部先生が遺された貴重な教えに触れていただく機会としていただけましたら幸いです。

◇渡部昇一先生も月刊『致知』を愛読されていました

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『致知』と私の関係は、現社長の藤尾さんが若い編集者として私に物を書かせようとして下さったことからはじまる。藤尾さんは若い時から「自ら修養する人」であった。私も修養を重んずる人間であることに目をつけて下さったらしかった。

それから35年経つ。その間に私は老いたが、『致知』は逞しく発展を続け、藤尾さんには大社長の風格が身についた。発行部数も伸び、全国各地に熱心な愛読者を持つに至った。心からお慶び申し上げたい。

老人になると日本の行く末をいろいろ心配したくなるが、その中にあって『致知』の読者が増えてきていることは大きな希望である。部数がもう3倍になれば日本の代表的国民雑誌と言ってよい。

創刊35周年の後は、創刊50周年を祝うことになるわけだが、その時には代表的国民大雑誌になっていることを期待します。

上智大学名誉教授

渡部昇一

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