【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第6回〉保障された衣食住を断ち切るという決断

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国托鉢行脚を行うという大変ユニークな経歴の持ち主です。義功和尚はどういうきっかけで仏道を志し、どのような修行体験をしてこられたのでしょうか。WEB限定の当連載では、ご自身の修行体験を軽妙なタッチで綴っていただきました。今回は、行脚に出るまでの心の葛藤です。

頭に浮かんだ「托鉢」の2文字

 4年5年とこの道場にいてこの繰り返し。収穫は大いにあった。が、その次が突破できない。そこがもどかしい。これだ・・・これなら結果が出るのではと思えばそこに飛び込んでいく。そうしてここまで来たが・・・さて如何する。このままこの護摩行を続けていくか・・・、初心を忘れず貫徹するかといって何をすればいいのか? すでに49歳。やはり、ここにとどまるか? 先に進む道も分からない。病院の中をブラブラ歩いていてもベットで寝ていても、この問題が頭にペタリと貼り付いている。

 そして、10日も過ぎた頃か。ベットに横になり、寝ているのか覚めているのか、ボウーとしていた時のことだ。私の頭の中に「托鉢」の2文字が鮮明に現れた。ハッとした。

 「これだ!」

 頭のモヤモヤが瞬時に消え、自分の進路がはっきり見えた。全国を托鉢で廻るのだ。心は躍っている。早速1枚の日本地図を買い求め、ベットのそばの壁に貼り付け、毎日それを見るのが楽しみとなった。

 思いつくまま思案を重ねていた。何年かかるだろうか? 2年、3年、いや5年6年か? 見当もつかない。しかし、駆り立てている何かがある。病院生活の日常に変化はないが、頭の中はこの計画でいっぱいである。全国を托鉢行脚をしたら何かつかめるはずだ。

 禅宗での修行は厳しかったし、最福寺の護摩行も凄まじい。どちらも人間を鍛えることにおいて評価できる。ただ、どちらも衣食住が保障された上での行だ。これを断ち切ったらどうなる。托鉢1本で、衣食住をまかなえるか・・・どうだ。途中で行き詰まるか? 全国を廻りきれるか? ここは勝負だ。もし廻りきれたら、曖昧模糊としていた仏が、この手の平の上に置いて見るように、はっきり分かるのではないか。煩わしい人間関係を乗り越える何かをつかめるのではないか。

 ただ、1つ気懸かりなことがある。母のことだ。出家して禅宗で修業したら最福寺。そこに止まるかと思っていたら全国行脚。何故、次々変るのか? その理由をどう説明したものか? 簡単ではない。いや、不可能に近い。といって放っておく訳にもいかない・・・。そうだ高野さんに頼もう。

どうしたら母を安心させられるのか

 高野さんは愛知製鋼の重役で霊感がある。私の従兄弟がその会社に就職していた。その関係で私が出家すると言い出して、困り果てた母に叔母が紹介した人である。そもそも高野さんとは出家する時からのご縁である。私が修行するといって、どこで修行するか分からない。

 そこで新宿の紀伊国屋に行った。その時見つけたのが「馬鹿になれ」という千日回峰行を成満した光永澄道阿闍梨の本があった。それを購入して読んだらなかなか面白い。一度、尋ねてみようと比叡山の根本中堂から南。その直下に回峰行のメッカ、無動寺がある。そこで著者の光永住職と相見し出家したいと申し上げた。

 すると、比叡山の東で寺を建立中とのこと。その手伝いをしなさいということになった。宮大工の指示で丸太、材木、板を運ぶ。一輪車に石や砂利、砂、あるいは土を載せて現場に運ぶ。大体が力仕事である。湯ぶねに水を運ぶ。その仕事もそうだ。山水が溢れている水槽があって、その水を桶に移して運ぶのだ。天秤棒の前に1つ、後に1つと吊りさげ、中央に肩を入れてバランスを取り乍ら運ぶのだ。細い坂道であるが、高校在学の小僧さんとよく運んだ。

 また、当時酒井阿闍梨さんが千日回峰行に挑んでいた。1度でも大変なのに2度も挑戦していた。光永阿闍梨さんの指示でしばしばその後について歩かせて頂いた。比叡山の山中を参拝しながら30キロ。また、京都市内を含めた84キロ。そこには赤山禅院から比叡山山頂に至るキララ坂という急勾配の難所がある。そこを一気に上る。いくら強健だといっても堪えるのではないか。しかも100日間ですからその精神力には感服する。そこで少しはお手伝いをと丁字型の器具を酒井阿闍梨さんの腰に当てて押し上げる。そんなこともさせて頂いた。貴重な体験であります。

 こうしてご指導頂いて3ヶ月が過ぎた。

「母に了解してもらい、改めてまた参ります」

阿闍梨さんに申し上げると

「分かった。その時(回峰行)は一緒にやろう」

御約束して郷里に戻った。母に話すと黙って聴いているが、

「高野さんに会って話をしなさい」

その繰り返しである。母もほとほと困って高野さんに任せたのだろう。

「会うだけは会うけど・・・変らないよ」

私は少々憎まれ口を言いながら同意した。

 翌日、電車に乗って東京駅近くの喫茶店で高野さんに会った。初対面なのに何故か緊張しない。不思議なことである。頭も柔軟に働いている。実は私の悩みはここにあったのだが、会話が自然に出来るではないか。

「修行するなら禅宗しかない」

 話の中にこの言葉がたびたび出る。地味なタイプではあるが、率直で好感がもてる。人柄によるものか、私は素直に聴いている。「そうか、そうか」と密かに頷いてもいた。しかし、阿闍梨さんとの約束もあるし、困った・・・と思いつつも、高野さんの紹介の禅宗なら、母も安心するのではないかと「分かりました」と返事をしました。阿闍梨さんには御詫びの御手紙を出すことにしたのです。                       

つづく

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小林義功

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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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