【取材手記】誰にも救えないなら自分が救いたい ~患者に希望をもたらす日本の総合診療~(生坂政臣医師)

~本記事は月刊誌『致知』2026年1月号 特集「拓く進む」に掲載のインタビュー(「誤診ゼロへの終わりなき挑戦」)の取材手記です~

約1年がかりで取材が実現

〈生坂〉
定年後に、こんなに忙しくなるとは思わなかったです(笑)。

2003年に総合診療科を立ち上げた千葉大学医学部附属病院を2024年春に退官しましたが、いまも毎月千葉大で診療支援をし、家内の実家である生坂医院(埼玉県本庄市)での診療、各地の病院で総合診療を開設している教え子の支援などで、毎週飛び回っています。

内科、小児科、皮膚科……2013年、これらに続いて、日本で19番目の新たな基本領域と認定された「総合診療専門医」。そのパイオニアである生坂政臣ドクターに取材依頼をしたのは、2024年末のことでした。名医の特集番組を観た編集者が感動したのを機に、ぜひお話を伺いたいと考えたのです。

ところが、冒頭のご発言の通り、長く勤められた千葉大学医学部附属病院を退官された生坂ドクターは、以前に輪をかけて多忙を極めておられました。丁重なお詫びとともに、長期での調整を行うことになり、一度は断念せざるを得ませんでした。

1年弱を経て、ご登場いただくに相応しいと思われる特集テーマが決定。またも日程調整は難航しましたが、何度ものやり取りの末に10月、地元の方を対象に診療をされている生坂医院に馳せ参じたのでした。

事前にインタビュー記事や動画を拝見していましたが、お会いしての印象は、定年を迎えられたとは思えないほど颯爽としたもの。日々激務をこなしながらも、総合診療医の仕事に志、使命を感じ、そこに打ち込むことで充足を得られていることが言外から伝わってきました。

何がそこまでこの人を突き動かすのか。医院の応接間をお借りして、インタビューが始まりました。

まるでシャーロック・ホームズ

そもそも、総合診療とはなにか? 私がそうだったように、ご存じない方が大半でしょう。記事の冒頭から紹介します。
(提供:生坂政臣氏)

〈生坂〉
主に問診で患者さんの過去の病歴、現在の症状を的確に聞き出しながら、必要な身体診察と最低限の検査で病気を診断し、治療に繋げます。

問診というと地味に感じるかもしれません。でも実は、あらゆる病気のうち、少なくとも7割は病歴で診断がつくとされています。身体診察で分かる病気は2割、検査で分かるのは1割です。要は体に負担がかかる検査をしなくても、9割は診断がつくものなんですね。

日本では医療報酬の仕組み上、現場では重きを置かれにくいという問診や触診。これを軽視せずに徹底して行い、初めに述べたもともと18ある医療分野を俯瞰して、診断をつけていくのが総合診療と言ってよいかもしれません。

誌面には含められませんでしたが、生坂ドクターは、他の18分野を専門とする医師と、総合診療医の違いについて、このような切り口からも熱を込めて語られました。

臓器専門医と総合診療医、一番の違いは何かといったら、マインドセットでしょうね。

臓器専門医は、例えば心臓外科医なら、より高度な手術を成功させるべく、手技を磨き高める。その精度が高まり、患者さんを救えるようになる、そこに喜びを感じるわけです。一方、患者さんが難しい合併症を持っていたりすれば、事故を避け、命を守るためにも、手術を見送ることがある。時には、対象を絞り込むことが求められるわけです。

しかし総合診療医は、自分が診られる病気のレパートリー、患者さんを広げることに喜びを感じる生き物なんです。飛行機で急病人が出て「お医者様はいらっしゃいませんか」という場面がありますね。ここで、専門外の病気を診て失敗し、逆に訴えられる例もあるんです。でも僕は、手を挙げたい。挙げたくてたまらない。そういう人種なんですよね。

本記事では、生坂ドクターが2003年に立ち上げた千葉大学医学部附属病院の総合診療科(通称:総診)にて、実際どのような診断を行っているのか、一部ながら紹介しています。同科には、どこの病院に行っても原因不明、つまり診断(病名)がつかない不調に悩む方が、全国から紹介を受けてやってくるそうです。

ある男子中学生は、不意に襲ってきた足のつりに悩み、その頻度が増すことで、遂には歩くことができなくなり、学校にも行けない状況になっていました。他の病院では痛み止めを処方されているものの、全く効かず、途方に暮れていたのです。

そうした行き場のない苦しみを抱える患者さんに、千葉大学総診では、20人規模のチーム医療で向き合い、様々な角度から問診や触診をして原因に迫っていきます。患者さんを見つめるドクターたちの目は、さながら探偵シャーロック・ホームズ。日本にこんな素晴らしいお医者さんがいるのか! と驚かされました。

総合診療医のあくなき探究心

では、この総合診療のパイオニアは、なぜこの分野の医療に取り組もうと思われたのか。

〈生坂〉
自分が誤診されたことです。人生を振り返ると、岐路にいつも誤診があるんですよ。

大学時代、突如ものを食べるのも辛いほどの顎の痛みに襲われ、いくつの科を回っても診断がつかなかった生坂ドクター。2年ほど悩み苦しみ、ついに休学して渡米した先で家庭医の問診を受けます。これがきっかけとなって、既存の18分野に偏らず、病気を俯瞰して診断をつける「総合診療」を志すのです。

米国で家庭医としての学びを経て、関東圏の大学附属病院に勤めた生坂ドクターは、総合診療を手掛ける科の若きリーダーとして奮闘されます。その中で、とある取り組みによって誤診を防ぎ、診断の精度(正診率)を飛躍的に高めていかれます。

聖マリアンナ医科大学総合診療内科時代に実践を始めたカンファレンスが、全体の実力向上、千葉大学病院総合診療科の高い診断スキルに繋がっている(提供:生坂政臣氏)

しかし、医師にとって誤診は進んで公にしたいものではなく、また権威ある医師の誤診を指摘するのは憚られるという現実があり、ドクター自身も苦い経験をしてこられたそうです。そこで自ら実行した工夫が、上記の成果をあげることに繋がり、果ては千葉大学附属病院で立ち上げた総診のチーム医療にも生かされていきます。

初めに、日本の医療制度の構造上、問診や触診に時間をかけることは難しいということを記しました。それゆえ、生坂ドクターが誤診の共有を行い、総合診療というものを実践していく過程では、様々な逆風や障壁が存在しました。驚かされるのは、その執念です。

僕は後輩によく言います。
「患者さんに憑依(ひょうい)しろ」と。

医師が相手の痛みや苦しみ、立場になり切ると、診断が見えてくるんです。難しいですけど、本当の原因は憑依しないと分からない。最後は診断にかける執念、アナログですよ。

だから僕たちは、常に勉強して成長しなければいけない。誤診を一つでも減らし、患者さんを救うためにも、僕は認知症になるまで診断力を伸ばし続けたいです。

記事には収め切れなかったものの、ドクターの医療に対する姿勢で感動したお話があります。

励みになったのは患者さんたちの喜ぶ声ですよ。

ある時、定期的に突然腹痛に襲われて、高熱が出て、何日も寝込んでしまうという患者さんが来られました。かなり珍しい症例でしたけど、10年以上前、僕は前職で似た症状の方に出逢っていました。その方はラーメン屋の店長で、当時は問診でも検査でも診断がつかず、何もしてあげられなかった。それがずっと心残りだったんです。

そういう未解明の症例を、僕は「Xファイル」という名の冊子に綴じ込んでいましてね。ふと気づいたのは、二人の症状に「周期的」と「発熱」という共通点があること。これを手掛かりに調査したところ、地中海地方の人に多く、稀に東洋人が発症する遺伝子異常の病気「家族性地中海熱」であることが分かりました。

連絡先を控えておいたその店長に電話して、「あの時は申し訳なかった」と謝り、遺伝子を調べさせてもらいました。やっぱりその病気でした。特効薬を処方したら、翌月から症状がなくなったと報告があって、嬉しかったですね。

誰にも救えないなら自分が救いたい。いますぐ救えなくても、いつか診断をつけられるよう常に勉強して成長しなければならない。そんな切実な思いを、その言動の節々から感じました。

生坂ドクターは現在、日本専門医機構 総合診療専門医検討委員会の委員長も務めておられます。最後にお話を聞いて驚きました。このたび、日本の医師の世界で初めて、総合診療医には5年ごとの更新試験を義務づけることを決定したというからです。

まだまだ、制約も多く、いまの制度では、総合診療科があることを表立って標榜することはできないそうです。取材の最後、雑談交じりに、ドクターはこうおっしゃいました。

標榜化ができたら、もう私は死んでもいい

その目は使命感と意志に燃えていました。ぜひ、誌面を通してその熱に触れていただきたいと、切に願っています。

~本記事の内容~ 全4ページ
◇複雑化した病気を読み解く19番目の専門医
◇人生の岐路に必ず誤診あり
◇自ら失敗を共有し、チームの力を高める
◇この世から一件でも誤診を減らすために

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