【取材手記】かくして妻は会社を立て直した|至高のとらふぐ料理専門店「玄品」を守り抜く


~本記事は月刊誌『致知』2025年11月号 特集「名を成すは毎に窮苦の日にあり」に掲載のインタビューの取材手記です~

23年前からのご縁

古くから高級魚として知られ、晴れの日の集いに食されてきたふぐ。中でも「ふぐの王様」と呼ばれるとらふぐは、その味や栄養の豊富さにおいて最高級の存在です。限られた場所でしか食せなかったこのとらふぐを、破格の値段で、なおかつ全国的に広く味わえるようにしたとらふぐ料理専門店があるのをご存じでしょうか? それが「玄品(げんぴん)」です。

[玄品で人気のとらふぐコース料理。5,000円台から厳選されたふぐ料理を楽しめる]

創業45周年を迎える現在、国内外に66店舗を展開し、多くのファンを持つこの店を盛り立てているのが、玄品グループ 関門海(かんもんかい)社長の山口久美子さんです。今回、2018年から社長を務める山口さんへの取材に至った背景には、実に20年以上にわたるご縁がありました。

遡ること23年前、本誌『致知』2002年4月号にて、創業者にして山口社長のご主人である山口聖二さんが登場。登り龍のごとく業績を伸ばされている最中に、創業秘話や会社経営、仲間の育成に懸ける思いが語られました。

[2002年4月号 に掲載された聖二さんの記事]

「玄品」の原点は、聖二さんが高校を卒業後、大学通いをすぐにやめて19歳で始めた「ふぐ半」(大阪府藤井寺市)です。寿司店を営んでいた父親に「近所で商売をやれ」と言われて店を開いたものの、ふぐのことなど何も知らない聖二さんは、市場に行って体当たりで魚のこと、料理のことを覚え、独自の仕入れルートを開拓していきます。それが現在の格安での提供に繋がっているのだそうです。

当時の記事を読んでの印象は、とにかく仲間思いで、愛情に溢れた人だということ。会社を伸ばすことより、よい人材を輩出する「関門海学校」でありたいという願いが節々から感じ取れました。

そのような源流をもつ「玄品」が直面した試練とは――。

創業者の妻が、会社に入った理由

今回、久美子社長の活躍がテレビや各種記事媒体で話題となったことで、編集者が情報をキャッチ。聖二さんとのご縁を伝えつつ、取材のご依頼をしたところ、ものの数時間でご快諾のお返事をいただき、驚きました。

取材は、大阪屈指の繁華街・梅田にある「玄品 梅田東通店」にて、昼の営業時間終了後に行いました。久美子社長は次の予定も控える中、長時間を割き、インタビューにお応えくださいました。

まず驚かされたのは、20年以上前に掲載された『致知』の記事、当時のことを鮮明に覚えてくださっていたことです。当時は会社に入られておらず、主婦として奮闘していらっしゃったことと思いますが、ともすれば忘れてもおかしくない縁を深く心に留めておられるところに、感銘を受けました。

創業時から変わらず貫いているこだわり、聖二さんとの出逢い、当時毎日のように参加していた関門海の社員の皆さんとの飲み会のエピソード……。11歳差にもかかわらずご結婚を決めた理由や、聖二さんがどのような思いを社員さんに注いでいたのか、といった久美子社長でなければ語れない、会社の原点を明かしていただきました。


〈山口〉
常に明るく笑顔を絶やさない彼の周りには元気のある仲間が集まって、会社にはふぐの研究所ができ、どんどん発展していきました。主人は社員に教えるのと同じことを、私や子供にも言うんですよ。例えば「くーちゃん、一番大事なのは愛やで」。あと「どんな時も、笑っとけ!」って。

「玄品」の名を掲げたのは2002年です。当時99店舗あった系列店の名前は、仲間たちが思い思いにつけていて、統一感がありませんでした。そんな折、神戸在住で、伝説的な美術作家の綿貫宏介(わたぬき・ひろすけ)先生とご縁があり、この屋号を名づけていただいたんです。

これは先生の造語です。「玄」とは「ものの極み」。流行や他の店がどうかは関係ない。うちはこうだ! という品物を追求しなさい。本物でありなさい。そんな指導を以後もずっと受けました。

[19歳で「ふぐ半」を開き、関門海の礎を築き上げた創業者の故・山口聖二氏(享年44)]

そのような破竹の勢いで、玄品は関西のみならず、関東でも行列の店になっていきました。『致知』で取材をさせていただいたのは、ちょうどその頃です。

ところが、会社を、そして久美子社長ご家族を思わぬ試練が襲います。

2005年、深夜までふぐの研究に打ち込んでいた聖二さんが、バイク事故によって突然、帰らぬ人となってしまったのです。

始まりは、全店舗の掃除

聖二さんの逝去は、当時の久美子社長にとっては、一家の大黒柱を失うと同時に、指針を失うようなものだったことが、お話から窺えました。一見して、悲痛のどん底にあったと思ってしまいますが、お葬式では〝笑顔〟を絶やさなかったといいます。心に変わらず響いていたのは、

「どんな時も、笑っとけ!」

をはじめ、聖二さんが繰り返し口にしていた言葉だったそうです。

しかし、創業者を失うという悲劇は、会社にも混乱をもたらしていました。

創業者亡き後、約7年にわたって外から会社を見守っていた久美子社長は、40歳になる年、意を決して関門海に入社。その時点で、会社の負債が約40億円に上っていることを知ります。

「これは絶対あかん」

とはいえ、サラリーマン経験がないに等しい状態で何から着手したのか?

それは、当時全国に99店舗あった「玄品ふぐ」を一店ずつ挨拶に回り、掃除をするという仕事でした。ただ掃除をされたのではなく、お店の内装や外観、スタッフの接客がどうなっているかを生で見に行かれたのです。

〈山口〉
全店舗を変えるのに、5年くらいかかりましたね。
私が入った時、やっぱりウェルカムな雰囲気ではなかったです。
それでも、うちの社員さんて昔からいい人ばかりで、意地悪は受けたことがないんですよ。

詳しくは本誌をご覧いただきたいと思いますが、久美子社長は先代社長が設けてくれた「CI(コーポレート・アイデンティティ)推進部」の責任者となり、ともすると社内に軋轢を生みそうな〝改革〟を、5年がかりでやり抜かれました。その成果は、取材中たびたび目に入ってくるメニュー表や箸袋、暖簾といった備品や内観に見て取れました。

さらにその後も、久美子社長は手を緩めず、2018年、社長を引き継がれると創業者がこだわり抜いた「玄品」らしい接客を求めて人事の刷新、スタッフの教育にも力を注ぎ、見事にブランドが復活していきます。

そうして会社がよい軌道に乗ってきた矢先に起きたのが、2020年の新型コロナウイルス大流行でした。このパンデミックは、玄品にとっても例外なく大きな打撃となりました。この苦境に際して、久美子社長の心を鼓舞したもの、外出自粛によって仕事を奪われた全国何人ものふぐ料理の職員さんたちを救ったものとは……?

いかなる状況でも、偉大な創業者が築いた会社の経営を引き継ぎ、後継者として認められる人物となるには、精神的にも肉体的にも筆舌に尽くせない困難が伴うものでしょう。お話の中で、久美子社長はそれをあまり表に出されませんでしたが、気づけば夕方にさしかかり、にわかに賑わいを増す街の喧騒を背に、窮苦の日を常に〝笑って〟乗り越えてこられた人の強さを感じました。

取材後、こだわりの意匠が施された暖簾の前で撮影まで、快く対応いただき、次のお仕事へと向かっていかれました。次に控える予定とは、多忙の間隙を縫って開いている「女将のカウンター」。久美子社長自らが、週2回、僅か数席限定のカウンターに立ち、ふぐ料理を振る舞うというサービスです。

〈山口〉
周りの会社から「上場企業の社長がそんなことする時間ないでしょう」と言われましたけど、自分で現場の、お客様の声を聞いて、皆と同じ気持ちになる。このことは、「玄品」の名に恥じない、百年続く会社になるためには欠かせないことです。

どこまでも会社のこと、創業者が目指したものを求めてやまない姿勢。それが、賑わい続ける「玄品」の人気の根源なのかもしれません。ぜひともその歩みが凝縮されたインタビューをご覧ください。


~本記事の内容~ 全5ページ
◇45年の歴史は、こだわりの賜物
◇人を愛し、人をつくる 創業者と共に歩んで
◇不意に溢れ出た「ありがとう」
◇遺されたものに命を吹き込む
◇正しいことを正しく、当たり前を当たり前に
◇創業者が目指した愛ある社会のために


◇山口久美子(やまぐち・くみこ)
昭和47年大阪府生まれ。平成4年帝塚山学院短大卒業、関門海創業者・山口聖二氏と結婚。24年関門海入社。CI推進部、執行役員を経て29年副社長、30年より社長。令和5年「女将のカウンター」を開き、週2回自ら現場にも立つ。

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