「舞台に立つ時は毎日が命日」——時代劇の大スター・杉良太郎氏の20代

 

代表曲「すきま風」はミリオンセラーを記録し、主演を務めた「遠山の金さん」「新五捕物帳」などの時代劇で世間を賑わせてきた歌手・俳優の杉良太郎さん。20代の厳しい修業時代を経て、スターの道を歩んでいかれた杉さんの原点、若き日の軌跡をお話しいただきました。

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舞台で死んで本望

〈杉〉
25歳で京都・南座で初座長を、その後名古屋・御園座と舞台にも出演するようになり、そこで出会ったのが脚本家・中江良夫先生。亡くなるまで私のための脚本を書き続けてくださった恩人です。

その中江先生が私のこれまでの人生を聞いて書いてくださった脚本が、29歳で挑んだ明治座の「清水次郎長」の演目でした。芝居の中にはいまでも一言一句覚えている台詞があります。大親分・小幡の周太郎が、私が演じる若い次郎長に語り掛ける場面です。

「次郎長どん、みなせえ。あの紅葉を。きれいじゃねえか。わけえ青葉の頃を力いっぱい生きてくりゃこそ、散り際にあの色艶を残せるんだよ。次郎長どん、大きくなりなせえよ」

青葉が空に向かって大きく枝を伸ばすように、若い頃地道に努力してこそ、見事な色艶のある晩年を過ごせる─中江先生が舞台を通じて私に語り掛けてくださった言葉でした。脚本を初めて読んだ時、タオルがぐしょぐしょになるほどむせび泣きました。「てにをは」の一文字一文字にも血が通っていて、こんな台詞を書く人がいるのかと。おかげで公演は好評で、千秋楽まで大入りが続きました。

1970年代からテレビは視聴率競争に突入し、数字の取れるオマージュ作品が増えるようになりました。当時の放送作家は週に一本を書くのが当たり前。しかし中江先生は舞台とはいえ、1年に1本しか書きませんでした。

視聴率を取るための安易な作品を絶対につくらず、お金を払って舞台を見に来てくれるお客さんに対して真剣勝負で脚本を書いていたのです。

当然、一本では生活できません。しかしお金ではない。お粥を啜る生活になっても自分の作家としての命を懸けて書き上げる。その気概で生み出された作品には、絶対に他の人には書けない台詞が鏤められていました。ある時、中江先生にどうやって脚本を書いているのかを伺ったことがあります。

「明治座や新歌舞伎座から君の写真を5~6枚もらうんだよ。朝起きると、君の写真をずっと見ている。それを夜まで続けるんだ」

「大体6か月くらい見つめていると、君の顔が泣いたり笑ったりしてくるんだよ。終いには可哀相になってくる。それから脚本を半年くらいかけて書き上げるんだ」

作家の生き様、役者を思う気持ちが溢れた中江先生の脚本。そこに描かれた人物に乗り移る気持ちで舞台に臨み、舞台で死んで本望だと本気で思っていました。中江先生がいなかったら舞台役者・杉良太郎は生まれなかったでしょう。


(本記事は月刊『致知』2022年3月号 連載「20代をどう生きるか」より一部を抜粋・編集したものです)

『致知』2022年3月号には杉良太郎さんがご登場!辛酸を嘗めた下積みの日々、時代劇スターへの階段を上がっていく20代の歩み、その中で掴んだ人生・仕事の神髄を語っていただいています。ぜひご覧ください。

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◇杉 良太郎(すぎ・りょうたろう)
昭和19年兵庫県生まれ。40年歌手としてデビュー。42NHKテレビの時代劇『文五捕物絵図』の主演で脚光を浴びる。以降、テレビ時代劇に主演する他、明治座や新歌舞伎座など舞台でも活躍。社会福祉活動は63年間にわたり、現在、法務省特別矯正監、警察庁特別防犯対策監などを務める。平成20年に芸能人初の緑綬褒章、翌年に紫綬褒章受章。2016年度文化功労者。著書に『媚びない力』(NHK出版)など。

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