2023年01月27日
「にんげんだもの」「しあわせはいつも自分のこころがきめる」などの作品で、読む者の心に深い感動を与え続けた書家・相田みつを。ご子息である相田一人さんは、父の残した作品を振り返る中で、その生涯に貫かれたものがあることに気づかれます。
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暗い青春時代
父(相田みつを)の作品が、なぜ、これほどまでに多くの方々の心に響くのかを考える上で、父の戦争体験を抜きにしては語れないと思います。父自身も戦争に行っていますし、兄2人を戦争で亡くしています。
【ひぐらしの声】
「ああ今年も
ひぐらしが鳴き出した
ひぐらしの声は
若くして戦争で死んだ
二人のあんちゃんの声だ
そして
二人のあんちゃんの名を
死ぬまで呼びつづけていた
悲しい母の声だ
そしてまた
二人のあんちゃんのことには
ひとこともふれず
だまって死んでいった
さびしい父の声だ
ああ今年も
ひぐらしが鳴き出した」
父の20代というのは、人間不信のどん底で喘いでいる状況だったようです。思うに任せない暗い青春だったのでしょう。一度、どん底で徹底的にのたうち回ったからこそ、結婚を一つの転機として、今度は逆に「人間思慕」という世界に移っていけたような気がするのです。
この言葉は、20代後半ぐらいから書くようになります。
60歳の時に最初に出版させていただいた『にんげんだもの』という本がありますが、「人間思慕」という言葉が、「にんげんだもの」という言葉にだんだんにつながっていくのかなあという感じがしています。
不幸と思えることが幸福につながる
美術館に来館される方が、来るたびに心に留まる作品が変わるように、私自身も父の言葉で好きな作品はその時々で変わります。
「なやみはつきねえだなあ
生きているんだもの」
――この言葉はいまの私に一番響く言葉です。
冒頭に申し上げましたように、父の作品は解答を与えるものではなく、現実を踏まえた上で、ではどうしたらいいのかを自分自身で考えさせるものです。ですから一見消極的な生き方に見えて、実は非常に積極的な生き方ではないかと思うのです。
悩みを持っている人は何かと悩みから逃れたい、しかし生きている限り悩みはつきないんだという。厳しい言葉ですが、同時に温かいというか、励まされるというか、そういう両面を持った言葉だと思うのです。
【いのちの根】
「なみだをこらえて
かなしみにたえるとき
ぐちをいわずに
くるしみにたえるとき
いいわけをしないで
だまって批判にたえるとき
いかりをおさえて
じっと屈辱にたえるとき
あなたの眼のいろが
ふかくなり
いのちの根が
ふかくなる」
現象面だけみたら、非常に悲しいことやつらいことはたくさんありますが、それが結局人間というものの根を深め養ってくれる。不幸と思えることが幸福につながる。
つまり不幸も幸福も表裏一体であり、「しあわせはいつも自分のこころがきめる」というのが、父、相田みつをの生涯を貫く幸福観であったと私は思います。
(本記事は『致知』2000年9月号 特集「人生を幸福に生きる」より一部抜粋したものです)
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◇相田一人(あいだ・かずひと)昭和30年栃木県生まれ。書家・詩人として知られる相田みつをの長男。出版社勤務を経て、平成8年東京に相田みつを美術館を設立、館長に就任。相田みつをの作品集の編集、普及に携わる。著書に『相田みつを 肩書きのない人生』(文化出版局)など。