一千人のSOSに向き合い続けて思う、現代社会で「生と死」を分けるもの

痛ましい訃報が続いています。その度に私たちの心は暗くなり、無力感にさいなまれます。ではどうすれば近しい人の心に寄り添い、よき方向へと歩み出す後押しができるのか。
和歌山県の名勝・三段壁(さんだんべき)で、22年にわたり自殺志願者と向き合ってきた牧師の藤藪庸一(ふじやぶ よういち)さんのお話を紹介します。

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話を聴く、一緒に泣く

〈藤藪〉和歌山県白浜の名勝・三段壁。紀伊半島の南西に位置し、高さ50メートル、全長2キロメートルに及ぶ断崖絶壁です。真っ青な海を見下ろす崖の上には、こう書かれた看板が立っています。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしは、あなたを愛している。
イエスは言われた。
『わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。』 聖書」

この言葉と共に記されているのが、私が牧師を務める白浜バプテスト教会で取り組む「(三段壁)いのちの電話」の番号です。

「いのちの電話」は1979年、この崖から身を投げる人が後を絶たない現実に心を痛めた先代・江見太郎(えみたろう)牧師が始めた自殺志願者救援活動です。私はこれを引き継いで22年間、1,000人を超える人たちと向き合ってきました。

現在、三段壁には公衆電話ボックスが2つあり、受話器の脇には、思い詰めた人の最後の助けになればとの思いで、十円玉を切らさないように置いています。

「もう生きていても仕方ない」
「私が死んでも誰も悲しまない」

教会にはこんな電話が毎日のように掛かってきます。県外からの相談も合わせると、多い時は月に200件になるでしょうか。

2021年に入り、自殺を企図して三段壁に来る人に、いままでにない変化がありました。女性の増加です。例年、元日から数か月で保護する人の男女比はほぼ7対3でした。今年はそれが逆転し、女性が男性の2倍になっています。

自殺しようと思った理由を聴くと、このコロナ禍で夫婦一緒に過ごす時間が増え、衝突して離婚するなど、行き場を失ってしまう方が非常に多くいらっしゃいます。

長年様々な方の悩みを聴いてきましたが、人生の歯車が狂うきっかけはこうした人間関係の変化、職場環境の変化など、「そんなことで?」と思うような些細なことです。

しかし一つ、二つと問題が重なるにつれ追い詰められ、自殺を考え始めます。決して特別な人だけに降りかかることではありません。誰もが陥り得るものなのです。

その時、生死を分けるものは何か。一つは、その人が「助けて」と声を上げられるかどうか。もう一つは、助けを求めた相手がどういう反応を示すか。これだけです。

プライバシーが重んじられる現代では、日常の場面で「あの人、辛そうだな。大丈夫かな?」と思っても気安くは踏み込めません。だからこそ、苦しい時は「助けて」と口に出さなければ、周りはなかなか正面から関われないのです。

助けを求められた人は、万一、助けられなくてもいい。よい手が浮かばなくても、最後まで真剣に話を聴く、一緒に泣く。それだけで結果は変わってくるのです。そのことを私は、活動を通して実感してきました。



◉昼夜を問わず鳴り響く自殺志願者からの電話。そのSOSに耳を傾け続ける牧師・藤藪庸一さんの歩みはまさに心に光を灯す救済の実践です。命の現場から、いまをよく生きるために何が大事かを教えられます。


(本記事は月刊『致知』2021年7月号 特集「一灯破闇(いっとうはあん)」より一部を抜粋・編集したものです)

◇藤藪庸一(ふじやぶ・よういち)
昭和47年和歌山県生まれ。東京基督教大学卒業後、平成11年白浜バプテストキリスト教会牧師に就任。「いのちの電話」を引き継ぐと共に、自殺志願者との共同生活を始める。17年NPO法人白浜レスキューネットワークを設立。現在、自殺志願者の自立支援の他、自殺予防のための活動にも取り組む。著書に『「自殺志願者」でも立ち直れる』(講談社)『あなたを諦めない』(いのちのことば社)がある。

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