「一振りで誰かを笑顔にできる剣」を求めて——居合術家・𠮷村彰太郎の信念

徳川家の直参旗本を代々務めた武家の末裔として生まれ、現在、「居合術家」として武道の指導の他、各種イベントでの演武や異分野とのコラボレーションなど幅広い活動に取り組んでいる𠮷村彰太郎さん。𠮷村さんはどのような思いで居合術に向き合い、その普及に取り組んでいるのでしょうか。生い立ちや祖父、父の教えを交え、原点となった体験をお話しいただきました。

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剣との出会い

「彰ちゃん、出かけるよ」

そう促され、祖父と父が稽古を行う道場に連れて行かれたのは5歳の時でした。そこで二人が真剣を抜いて稽古をしている姿を目の当たりにし、大変な衝撃を受けました。

祖父と父は、戦国時代に林崎甚助重信公が創始し、「昭和の剣聖」と称された中山博道師が大成した夢想神傳流居合術の高段者で、特に祖父は中山師の直弟子から指導を受けていました。私はたちまち居合術に魅せられたのですが、子供に真剣を持たせるわけにはいかないと、まずは剣道を始めることになりました。

以来、自宅から歩いて20分ほどの所にあった祖父の家まで、朝の挨拶を兼ねて素振りをしながら行くのが日課となりました。祖父は私が11歳の時に他界しましたが、朝の素振りはいまも続けています。また、祖父と父の剣の修業には凄まじいものがありました。

例えば、父は祖父から真冬の朝3時、4時に叩き起こされ、桶の水に浸けておいた凍った道着を着て稽古をしていました。そうした姿に接していく中で、私にも自然と武士の家系に生まれた者としての自覚が生まれ、日々鍛錬する習慣が体に沁み込んでいったように思います。

小・中・高と剣道を続け、父から居合術の稽古を正式に許されたのは、18歳の夏でした。当時、私は山梨県の高校に通い、現地で暮らしていたため、神奈川の父の元に通う形で稽古が始まりました。

「真武想流居合術」を創流

(中略)

父との稽古を経て、山梨の大学に進学したのは22歳の時でした。そこで大きな転機となったのが、元衆議院議員・宮川典子先生との出逢いでした。その頃、漠然と政治の世界に興味を持ち始めていた私は、宮川先生の事務所の学生インターンに応募し、ご縁をいただいたのです。

「信を以て事に当たる」を信条に奮闘されていた先生は、その言葉の通り信念の人であると共に、学生にも偉ぶることなく目線を合わせて言葉を交わしてくださる優しい方でした。学生仲間と主宰した小さな政治勉強会にも、激務の合間を縫ってわざわざ顔を出してくださいました。その時に掛けていただいた次の励ましの言葉が私の人生を導いてくれることになるのです。

「𠮷村君の家は、居合をやっているんでしょう? あなたは居合をやればいいのよ」

その後、残念ながら、宮川先生は令和元年に僅か40歳で急逝されました。当時、就職活動がうまくいかず、将来どうしていいのか分からない苦悩の中にあった私に、先生の訃報は計り知れないほどのショックを与えました。

そしてお別れの会に出席した帰り、悲しみに暮れ、放心状態に陥っていた私の脳裏にふいに甦ってきたのが

「あなたは居合をやればいいのよ」

という先生の言葉でした。

思えば、宮川先生は常に私たち市民に寄り添い、人々の笑顔が溢れる社会の実現に向け、日夜努力を重ねておられました。先生にご縁をいただいた私も、自分の立場、修業してきた居合術を通じてその遺志を継いでいきたい─そこから辿り着いたのが、「一振りで誰かを笑顔にできる剣」という志であり、居合術家として生きていく道でした。

その志を胸に、現在では独自に「真武想流居合術」を創流、武号を「兼庚(かねとし)」とし、居合術の指導の他、各種イベントでの演武や異業種の方とのコラボレーションを通じ、居合術の魅力を広く一般の方々にお伝えする活動に取り組んでいます。また、人々の心の安寧を願い、全国八十八か所の神社を巡る奉納演武にも挑戦しています。

コロナ禍で苦戦続きではありますが、宮川先生から教えていただいたように、信を以て事に当たれば必ず道は開けると信じて活動を続けています。宮川先生の言葉がなければいまの私もなかったことでしょう。


(本記事は月刊『致知』2022年1月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・編集したものです)

◉2022年1月号 の「致知随想」では、居合術家の𠮷村彰太郎さんに、吉村家の歴史、父親との厳しい居合修行の日々、そして自らの剣で実現していきたい世界について語っていただいています。ぜひご覧ください。掲載号の詳細・ご購読はこちら

◇𠮷村彰太郎(よしむら・しょうたろう)——居合術家/𠮷村左衛門尉二十二代目

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