日本が備えるべき、中国が国際社会に仕掛ける2つの脅威——情報戦略アナリスト・山岡鉄秀

新型コロナウイルスに関する国際調査を機に急速に悪化した豪中関係。政治的関係の冷え込みに伴い、中国側はオーストラリアからの輸入品に対する高い関税など、経済的な報復ともいえる処置をとってきました。加えて、情報戦略アナリストの山岡鉄秀氏によれば、中国はそれ以前からオーストラリアを含めた諸国に対して「サイレント・インベージョン」と呼ばれる目に見えない侵略を行っており、日本もその例外ではないといいます。コロナ禍で大きく揺れ動く国際情勢に対し、日本はどう備えていくべきか――。中国の戦略を中心に読み解いていただきました。

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中国が仕掛ける目に見えない侵略

〈山岡〉
いま中国による目に見えない静かなる侵略、「サイレント・インベージョン」が世界的な脅威となっています。中国は目に見える軍事的手段だけではなく、政治・経済・教育・情報……様々な工作を通じて対象とする国を自国の影響下に置こうとしているのです。

その脅威に晒されている代表的な事例は、オーストラリアでしょう。私が監訳を担当した、豪チャールズ・スタート大学のクライブ・ハミルトン教授の著書『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』には、中国によるサイレント・インベージョンの驚くべき実態が記されています。

例えば、いまオーストラリアには中国からの移民がたくさんいますが、かつては中国共産党の支配から逃れる、あるいは生活のために自国を出ていく人がほとんどでした。しかし中国が経済的に豊かになった2000年以降、ビジネスや留学を目的としてオーストラリアに渡る人が急増しました。

中国共産党はそうしたエリート層、富裕層をはじめとする中国人に「本国のために尽くすのがあるべき姿だ」という考えを植えつけ、彼らを凧の糸で操るように、オーストラリアに対する様々な影響工作・浸透工作を行っているのです。

一例を挙げれば、中国が推進する巨大経済圏構想「一帯一路」への参加を強硬に推進しているビクトリア州のダニエル・アンドリューズ首相(労働党)の事務所では、中国人の女性スタッフが働いています。そして、その中国人スタッフはもともと中国領事館に勤めており、北京でプロパガンダ・トレーニング(思想教育)を受けていたことが現地のメディアによって明らかにされました。実際、彼女は中国共産党の機関紙のインタビューで「私たちは樹の影のように世界に広がっていくが、その根はしっかり中国本土に根づいている」などと発言をしています。

さらに特筆すべきは、彼女が領事館時代に携わっていた業務です。2008年の北京オリンピックの際、首都キャンベラで行われた聖火リレーには何万人もの中国人留学生がバスを仕立てて押し寄せました。彼らは中国国旗を振りつつ、チベット独立など中国に都合の悪い主張を行っている活動家を見つけては暴力行為を働きました。それに対して現地警察は何もできませんでした。キャンベラと同じく聖火リレーが行われた長野県でも、中国人留学生が押し寄せ大きな話題となったことを覚えている方も多いでしょう。

まさにその中国人留学生たちを送り込むバスや国旗を手配したのが、当時領事館に勤めていた中国人スタッフの彼女だったのです。そうした経歴の人物が州政府の首相である政治家の事務所で働いていること自体が異常ですし、おそらくアンドリューズ首相はその中国人スタッフを通じて中国共産党から何らかの影響工作を受けている可能性があります。この件はハミルトン教授の著書が出版された後で発覚したことですが、同じような事例が他にいくつも存在することが想像されます。

エコノミック・ステイトクラフトの脅威

〈山岡〉
もう一つ重要なのは、経済活動(貿易や投資)を通じた影響工作です。これを「エコノミック・ステイトクラフト」と言います。

中国武漢市で発生した新型コロナウイルス感染拡大を受け、オーストラリアはWHO(世界保健機関)の年次総会で独立調査の必要性を主張しましたが、それに対して、中国はオーストラリアからの大麦の関税を80%に引き上げる、牛肉や鉄鉱石の輸入制限を行うなど、様々な報復処置を行いました。そのように経済活動を通じて圧力を掛け、相手国を支配しようとする試みがエコノミック・ステイトクラフトです。

オーストラリアは近年目先の利益に囚われ、中国との経済関係を深めてきました。しかし、気づけば身の回りの必需品の多くがメイド・イン・チャイナで占められ、輸出額の約半分が中国向けとなるまでに中国経済に依存し、エコノミック・ステイトクラフトの格好の標的となってしまったのです。

エコノミック・ステイトクラフトは国家間の経済関係に留まりません。民間企業においても、中国共産党の意を受けた人物によって企業秘密を盗まれる、サイバー攻撃を受ける、意図的に業績不振を引き起こされ、その企業の株価が下がった隙を見て別の中国系ファンドが買収を仕掛ける、ということが現実に起こっています。中国によるサイレント・インベージョンはオーストラリアだけでなく、近年激しい衝突を繰り広げているアメリカでも、日本でも行われています。

事実、ワシントンのシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が今年七月に発表した調査報告書によれば、日本の政権中枢には親中派が存在し、安倍前首相の対中戦略を軟化させるよう働きかけていたことがはっきりと書かれています。さらに一部メディアに関しても、中国共産党の影響工作を受け、日本の世論を分断する報道をしていると指摘されています。

ただ、その調査報告書では、全体として日本は中国の工作活動の影響を大きく受けてはいないと結論づけ、その主な理由の一つとして、日本文化特有の閉鎖性によって外部勢力が社会に浸透しにくいことを挙げています。

しかし、私はその結論は正しいとはいえないと考えています。例えば、新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るっている中で、一部の政治家たちが最後まで習近平国家主席を国賓待遇で迎えることを主張していました。さらに、中国からの入国規制も遅れに遅れ、国内での感染拡大を許してしまいました。国民の命を守ることよりも、習近平への忖度を優先する――。これだけでも、日本は中国によるサイレント・インベージョンを十分に受けている証拠になると思います。この点は前述のCSISレポートでも言及されています。(後略)

(本記事は月刊『致知』2020年11月号 連載「意見・判断」から一部抜粋・編集したものです)

◇山岡鉄秀(やまおか・てつひで)
昭和40年東京都生まれ。中央大学卒業後、シドニー大学大学院、ニューサウスウェールズ大学大学院修士課程修了。平成26年豪州ストラスフィールド市において、中韓反日団体が仕掛ける慰安婦像公有設置計画に遭遇。現地日系人をまとめ、豪州人の協力を得て、278月、同市での「公有地慰安婦像設置」阻止に成功した。現在、拠点を日本に移して言論活動を展開。オンラインサロン「日本国際戦略研究所」を主宰。

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