薬の投与時間を変えるだけで、がん患者の5年生存率が80%近く上がる!?——驚きの「時計遺伝子」

生き物の生体リズムを司る時計遺伝子。その研究の最前線に身を置くのが、時計遺伝子研究の第一人者・石田直理雄さんです。私たちにとって必須の睡眠や、薬の投与と時間の関係などに関する示唆に富んだ最新の研究成果についてお話しいただきました。

時計遺伝子の体内における大きな役割

〈石田〉
分かりやすく言えば、時計遺伝子とは1日約24時間かけて自転する地球に適応するために、進化してきたと思うんです。それに最近の研究で、昼に上がってくる遺伝子と夜に上がってくる遺伝子とがあることが分かってきました。上がってくるというのは、たんぱく量が増えることを指しますが、要は昼に出てくる物質と夜に出てくる物質とがシーソーゲームをしているイメージです。

そうした現象を司るのが時計遺伝子ですが、当初私は脳内の時計中枢だけでしか発現しないと思っていたんです。ところがさにあらんや。胃から腸、肝臓、爪や髪の毛1本に至るまですべての細胞内で、昼と夜が入れ替わる度に綺麗に交替しているんですよ。

ではなぜ体の末梢に至るまで時計機能を持っているのか。例えば日本からサンフランシスコに行ったとします。当然、時差ボケになるわけですが、朝7時くらいに無理にでも朝食を食べると、胃や肝臓の時計遺伝子から発信された情報が脳の時計中枢にフィードバックされるということが起こる。

つまり人間の生体リズムはいつも非常にうまくオーケストラナイズされていて、末梢に至るまで綺麗に同調しながらリズムを刻んでいるということです。

〈村上〉
中核となる時計遺伝子は脳の中枢にあるのですか。

〈石田〉
全体の司令塔は脳の視交叉上核という部位にあります。

〈村上〉
ということは、時計遺伝子には親遺伝子と子遺伝子があって、それらがオーケストラのように協力しながら生命活動を維持している。そう考えていいのですか。

〈石田〉
全くそのとおりですね。親だけが強いと思っていたら、実は子供にもちゃんと時間の主張があって、その主張はちゃんと親にフィードバックされる。脳が一方的に他の細胞すべてを支配しているのではなく共同してやっているというのは本当に驚きでした。

時間薬理学という新しい研究

〈村上〉
非常に面白いですね。何か他にも研究が進んでいる分野はありますか。

〈石田〉
ありますね。薬の飲み方に関して、大分研究が進んできました。外国で行われた抗がん剤の投与を例に挙げると、ドキソルビシンとシスプラチンという二つの抗がん剤があって、これを1日1回投与すると、だいたい患者さんは2年半でお亡くなりになります。

ところがドキソルビシンを18時、シスプラチンを朝の6時に投与すると、5年生存率が25%まで伸びる。さらにドキソルビシンを朝の6時、シスプラチンを18時にすると5年生存率が50%まで上がるんですよ。

〈村上〉
薬の投与時間でそこまで結果が違ってくるとは驚きですね。

〈石田〉
さらに奇数日はドキソルビシンを18時、シスプラチンを朝の6時、偶数日はドキソルビシンを朝の6時、シスプラチンを18時にして投薬を続けると、何と5年生存率が80%近くに跳ね上がりました。

後にシスプラチンの副作用は朝に起きやすく、ドキソルビシンの副作用は夕方に起きやすいことが分かったので、抗がん剤の投与時間によって結果が違ってくることの説明がつきました。さらに投与時間を毎日入れ替えるのがなぜよいのかというと、慣れという問題がありました。つまり毎日同じ時間に同じ薬を投与すると体の中に分解酵素ができて抵抗するようになる。だから投与時間を固定しないことが、一番よい方法だということが分かったのです。

こうした分野の研究を時間薬理学というのですが、薬ごとにもっときちんとした投与方法を打ち出すことができれば、患者さんの生活の質の向上に繋がるし、医療費の削減にも相当な効果を上げることができるのですが、なかなか浸透していかないですね。

(本記事は『致知』2016年11月号 連載「生命のメッセージ」より一部抜粋したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載!詳しくはこちら

◇石田 直理雄(いしだ・のりお)
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昭和30年米国ミシガン州生まれ。61年京都大学医学研究科生理系博士課程修了。医学博士。同年微生物工業技術研究所入所。平成2年米国ラ・ホヤ癌研究所客員。帰国後は、生命研時計遺伝子グループリーダー、東京工大客員教授、筑波大学連携大学院教授、産業技術総合研究所上席研究員などを歴任。28年4月より国際科学振興財団 時間生物学研究所所長を務める。

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