稲盛和夫氏が語る京セラ創業期秘話〈前編〉

京セラやKDDIを創業しそれぞれ大企業に育て上げ、「絶対不可能」と言われたJALの経営再建にあたっては僅か2年8か月で再上場へと導いた稲盛和夫氏。稀代の名経営者が明かす「京セラ」創業期の秘話――そこには確固とした未来を拓く経営のエッセンスが満ちています。

【特集「追悼 稲盛和夫」を発刊しました】

2022年8月24日、稲盛和夫・京セラ名誉会長が逝去されました。35年前、1987年の初登場以来、折に触れて様々な方との対談やインタビューにご登場いただくのみならず、たくさんの書籍の刊行、数々のご講演を賜るなど、ご恩は数知れません。
生前のご厚誼を深謝し、月刊『致知』12月号では「追悼 稲盛和夫」と題して特集を組みました。豪華ラインナップは以下特設ページよりご覧ください。

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。

私を信じる勇気を持ってほしい

創業して3年目(昭和36年)の5月、会社は順調に発展していたが、私は自分の考えを根底から覆されるような事件に遭遇した。

研究者として、自分の開発したファインセラミック技術を世に問いたいということが、会社設立にあたっての直接の動機であったが、そのような私の姿勢を根本的に見直さなければならなくなったのである。

前年春に採用した高卒男子11人が、血判まで捺した要求書を持って、私に団交を申し入れてきた。要求書には、定期昇給やボーナスの保証などの要求が記されている。

彼らは、その要求書を私に突きつけて、

「会社が将来、どうなるのかわからず、不安でたまらない。毎年の昇給とボーナスの保証をしてほしい。もし、保証できなければ、いつまでもこの会社に勤めるわけにはいかない」

と言う。

私には、とても彼らの要求をのむことはできなかった。初年度から黒字を出すことができたとは言え、会社はいまだ手探りの状態で、明日のことなど皆目わからない。1年先の保証すら請け合えるものではなかった。

しかし、彼らは自分たちの要求が聞き入れられなければ、全員が辞めると言う。会社で話し合っても埒(らち)があかないので、私はその頃住んでいた京都、嵯峨野の市営住宅に場所を移して話し合いをつづけた。

「先々の給料やボーナスを保証しろというが、今日どうやって飯を食おうかと日々悪戦苦闘しているのに、そんなことができるわけがないじゃないか。
 君たちを採用するとき、『できたばかりの会社で、今は小さいが、一緒に頑張って大きくしていこう』と言ったはずだ。
 だから、なんとしても会社を立派にして、将来みんなで喜びを分かち合えるような会社にしたいと考え、このように毎日頑張って仕事をやっているのじゃないか」

私は、このように彼らに話し、懸命に説得を続けたが、当時は社会主義的な思想が蔓延し、労使の対立という枠組みの中でしか、ものごとを見ない風潮があった。

そのため、

「経営者はいつも、そんなまやかしを言って、労働者をだます。やはり、給与や賞与を保証してもらわなければ安心して働けない」

と、夜が更けても頑として納得しない。結局、3日3晩ぶっつづけで話し合うことになった。3日目に私は覚悟を決めて言った。

「約束はできないが、私は必ず君たちのためになるように全力を尽くすつもりだ。この私の言葉を信じてやってみないか。今会社を辞めるという勇気があるなら、私を信じる勇気を持ってほしい。私はこの会社を立派にするために命をかけて働く。もし私が君たちを騙していたら、私は君たちに殺されてもいい」

ここまで言うと、私が命懸けで仕事をし、本気で語りかけているのがようやくわかったのか、彼らは要求を取り下げてくれた。

しかし、彼らと別れて一人になったとたん、私は頭を抱え込んでいた。

☆後編へつづく☆


本記事は『人生と経営』(稲盛和夫著、致知出版社刊)より一部を抜粋・編集したものです》

【特集「追悼 稲盛和夫」を発刊しました】

2022年8月24日、稲盛和夫・京セラ名誉会長が逝去されました。35年前、1987年の初登場以来、折に触れて様々な方との対談やインタビューにご登場いただくのみならず、たくさんの書籍の刊行、数々のご講演を賜るなど、ご恩は数知れません。
生前のご厚誼を深謝し、月刊『致知』12月号では「追悼 稲盛和夫」と題して特集を組みました。豪華ラインナップは以下特設ページよりご覧ください。

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。

【稲盛和夫さんから『致知』へのメッセージ】

 月刊『致知』創刊40周年、おめでとうございます。日本人の精神的拠り所として、長きにわたり多大な役割を果たしてこられたことに、心から敬意を表します。今後もぜひ良書の刊行を通じ、人々の良心に火を灯し、社会の健全な発展に資するという、出版界の王道を歩み続けていただきますよう祈念申し上げます。

◇稲盛和夫(いなもり・かずお)
昭和7年鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。34年京都セラミック(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、平成9年より名誉会長。昭和59年には第二電電(現・KDDI)を設立、会長に就任、平成13年より最高顧問。22年には日本航空会長に就任し、27年より名誉顧問。昭和59年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった方々を顕彰している。また、若手経営者のための経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注ぐ。著書に『人生と経営』『「成功」と「失敗」の法則』『成功の要諦』(いずれも致知出版社)など。

1年間(全12冊)

定価14,400円

11,500

(税込/送料無料)

1冊あたり
約958円

(税込/送料無料)

人間力・仕事力を高める
記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に1年購読 11,500円(1冊あたり958円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 31,000円(1冊あたり861円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

人気ランキング

  1. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】ふるさと納税受入額で5度の日本一! 宮崎県都城市市長・池田宜永が語った「組織を発展させる秘訣」

  2. 人生

    大谷翔平、菊池雄星を育てた花巻東高校・佐々木洋監督が語った「何をやってもツイてる人、空回りする人の4つの差」

  3. 【WEB chichi限定記事】

    【編集長取材手記】不思議と運命が好転する「一流の人が実践しているちょっとした心の習慣」——増田明美×浅見帆帆子

  4. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】持って生まれた運命を変えるには!? 稀代の観相家・水野南北が説く〝陰徳〟のすすめ

  5. 子育て・教育

    赤ちゃんは母親を選んで生まれてくる ——「胎内記憶」が私たちに示すもの

  6. 仕事

    リアル“下町ロケット”! 植松電機社長・植松 努の宇宙への挑戦

  7. 注目の一冊

    なぜ若者たちは笑顔で飛び立っていったのか——ある特攻隊員の最期の言葉

  8. 人生

    卵を投げつけられた王貞治が放った驚きのひと言——福岡ソフトバンクホークス監督・小久保裕紀が振り返る

  9. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】勝利の秘訣は日常にあり——世界チャンピオンが苦節を経て掴んだ勝負哲学〈登坂絵莉〉

  10. 仕事

    「勝負の神は細部に宿る」日本サッカー界を牽引してきた岡田武史監督の勝負哲学

人間力・仕事力を高める
記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

閉じる