ロシアの圧力に屈しなかった男。日本に実在した「タフ・ネゴシエーター」川路聖謨に学ぶ

幕末、日本とロシアの間で締結された日露和親条約。千島列島と樺太の領有を目論むロシア側に対峙したのが、勘定奉行の川路聖謨(かわじ・としあきら)でした。川路が日本の外交史に残した功績、そこに学ぶべきこととは? 本誌『致知』で「風の便り」を連載中の占部賢志(中村学園大学客員教授)さんが語りかけます。

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください

「貴殿の態度は何と傲岸か」

――PTA役員 では、これからの日本はどうしたらいいのでしょうか。参考にすべき世界の国との付き合い方、あるいは交渉の仕方などが歴史に残されていませんか。

〈占部〉
ありますよ。たとえば、皆さんよくご存じの日露和親条約があるでしょ。あれは日本とロシアの国境を画定するための条約です。そのための交渉に来航したのがプチャーチンでしたね。

実は、この条約締結の交渉過程における双方の発言の一言一句がすべて記録に残されています。

――PTA役員 そんな記録があるんですか。面白そうですね。

〈占部〉
これを読むと分かりますが、日露双方は千島列島と樺太をめぐって息詰まる交渉を繰り広げています。我が方の交渉チームの代表は、幕府きっての国際通として知られた勘定奉行の川路聖謨です。

まずプチャーチンは、

「択捉(えとろふ)は何れの所領と心得られ候や」

と切り出すのです。これに対して川路は43年前の故事を挙げて応じます。

「プチャーチン殿、かつて貴国の軍人ゴロウニンが国後(くなしり)でわが国に捕らえられた事件は御存じであろう。その時、ゴロウニンはウルップと択捉のあいだを国境とする旨、証文で確約したではないか。従って当然のこと、択捉はわが領土である」

プチャーチンは狼狽して、この件を保留するのが精一杯でした。

次いで議題は樺太問題に移ります。

川路は樺太の国境についてはきちんとした実地調査を行って確定すべきであると主張。これに対してプチャーチンは、早期に目処が立たなければ樺太に入植を開始するぞと恫喝するのです。

こうした態度に川路は負けてはいません。こう切り返しました。

「貴殿の態度は何と傲岸(ごうがん)か。もはやこれまで、交渉は打ち切ろうではないか」

この川路の剣幕を目の当たりにしてプチャーチンは、

「申立ての眼目は、事を速(すみやか)に致度(いたした)くと存ずる事に候間、御勘弁之有り度く候」

要するに、早期に妥結したい気持ちから申し上げたに過ぎず、誤解を招いたとすればお詫びすると陳謝したのです。脅しにはけっして屈しない川路の面目躍如(めんぼくやくじょ)たる場面ですね。

相手の底意を見破る

〈占部〉
しかしね、相手は老獪(ろうかい)なプチャーチンです。すぐさま話題を変えて、外国船が燃料や食料を求めた際は無償ではなく、有償で買い取らせて欲しいと申し出ます。

川路はその底意がどこにあるのか、見逃さなかった。こう答えました。いわく、

「瑣末(さまつ)の処へ力を入れ論弁之有り候には及ぶ間敷(まじ)く、我朝の人は、人の迷惑難儀を救ひ候て、礼物値等受取り候儀は致さざる国風に候」

そんな些事にこだわりなさるな。我が国では、人を助けたからといって返礼など貰わない国柄である。その点よく承知おき願いたい。そう回答したのです。

たとえ緊急時の支援であっても、金銭を受け取れば商取引と見做される。そうした既成事実を作れば、そこにつけ込まれて通商条約の口実を与え、相手の思う壺となりかねないからです。

――教師C よく見抜きましたね。

〈占部〉
川路の能力の高さもありますが、一番は公平無私だからでしょう。手柄を立ててやろうとか、相手をへこましてやろうとかの邪念を払って交渉に臨んでいるから、相手の底意が見えるんですよ。

――教師A そんな交渉が行われていたとは……。


(本記事は月刊『致知』2018年1月号 連載「日本の教育を取り戻す」より一部を抜粋・編集したものです)

◉『致知』では占部賢志さんのエッセイ「風の便り」を連載中。長らく教育現場に立ち、培った深い見識に基づき、国内外の社会情勢や注目すべき教育テーマについて縦横に語っていただいています。

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。

◇占部賢志(うらべ・けんし)
昭和25年福岡県生まれ。九州大学大学院博士課程修了。高校教諭、一般社団法人日本教育推進財団顧問を歴任。傍ら、NPO法人アジア太平洋こども会議・イン福岡「日本のこども大使育成塾」塾長などを務める。著書に『語り継ぎたい美しい日本人の物語』『子供に読み聞かせたい日本人の物語』(共に致知出版社)などがある。令和4年現在、中村学園大学客員教授。

1年間(全12冊)

定価14,400円

11,500

(税込/送料無料)

1冊あたり
約958円

(税込/送料無料)

人間力・仕事力を高める
記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に1年購読 11,500円(1冊あたり958円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 31,000円(1冊あたり861円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

人気ランキング

  1. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】ふるさと納税受入額で5度の日本一! 宮崎県都城市市長・池田宜永が語った「組織を発展させる秘訣」

  2. 人生

    大谷翔平、菊池雄星を育てた花巻東高校・佐々木洋監督が語った「何をやってもツイてる人、空回りする人の4つの差」

  3. 【WEB chichi限定記事】

    【編集長取材手記】不思議と運命が好転する「一流の人が実践しているちょっとした心の習慣」——増田明美×浅見帆帆子

  4. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】持って生まれた運命を変えるには!? 稀代の観相家・水野南北が説く〝陰徳〟のすすめ

  5. 子育て・教育

    赤ちゃんは母親を選んで生まれてくる ——「胎内記憶」が私たちに示すもの

  6. 仕事

    リアル“下町ロケット”! 植松電機社長・植松 努の宇宙への挑戦

  7. 注目の一冊

    なぜ若者たちは笑顔で飛び立っていったのか——ある特攻隊員の最期の言葉

  8. 人生

    卵を投げつけられた王貞治が放った驚きのひと言——福岡ソフトバンクホークス監督・小久保裕紀が振り返る

  9. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】勝利の秘訣は日常にあり——世界チャンピオンが苦節を経て掴んだ勝負哲学〈登坂絵莉〉

  10. 仕事

    「勝負の神は細部に宿る」日本サッカー界を牽引してきた岡田武史監督の勝負哲学

人間力・仕事力を高める
記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

閉じる