子どもたちに「生きる力」を取り戻してほしい——宮崎駿が「千と千尋の神隠し」に込めた思い(宮崎駿×養老孟司)

老若男女から愛されるスタジオジブリ作品。その中で代表作ともいえるのが、2001年7月に公開された、「千と千尋の神隠し」です。第75回アカデミー賞で長編アニメーション映画部門賞を受賞するなど大きな反響を呼び、公開から約25年が経つ今なお根強い人気を誇っています。そんな「千と千尋の神隠し」が公開された2001年に、宮崎駿監督が本作に込めた思いを『致知』で語っていただきました。古くからの宮崎アニメファンである養老孟司氏が迫った今では読めない貴重な対談をご紹介します。
(本記事は『致知』2001年12月号対談「感動のアニメに込めた思い」より一部を抜粋・編集したものです)

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平安貴族の築地塀の中

<養老>
ところで、『千と千尋の神隠し』 では、どんな映画をつくろう、と。

<宮崎>
企画を提案するときは、十歲の女の子たちのための映画とか、「生きる力を」なんとかとか、一応考えたり、 他人にしゃべったりするんですが、その通りにできるはずがないんですね。

つくろうと考えたものと、実際につくるものとは、随分違いがあるのが、いつものことで。
ただ、今回は時代がいよいよ大量消費文明の終わりに向かって動きだしたでしょう。日本では、平安貴族の築地塀がひび割れたようになって、塀の中でのほほんとしてたのが、野盗は横行し、舎人は持ち逃げし、餓死者や病気が蔓延する外界と区別がなくなってきたんですね。

<養老>
バブルがはじけた。

<宮崎>
想以上に目茶苦茶になって

きちゃったら、自分がつくづく無力だと思い知らされるわけです。あんなに 「生きてるっていう実感が欲しい」って言っていた若い連中も、そういう乱世になってきたら、不安と恐怖につかまって、前よりひどいんですね。

地球まで、いままでの考えでは理解できない凶暴な面を表し始めたでしょう。人間がやらなくても、温暖化はするし、海面が上がって海が戻ってくるし、天変地異はドカドカ起こるらしい。

知人の幼い子どもたちを目の前にして、ひどい世の中に生まれてきて気の毒だなあ、苦労しそうだなあって思わざるを得ない。でも、やはりその子たちが生まれてきたことを「間違っていました」とは言えないでしょう。

<養老>
そうですね。言えないですよ。

<宮崎>
生まれてきてよかったねって言おう、言えなければ映画はつくらない。自分が踏みとどまるのはその一点でした。そこで映画をつくるしかない、 と。

<養老>
そこで十歳の少女の目線で作品をつくられた。

テロリストと正義の味方

<宮崎>
そのときはその子たちのために映画をつくろうと思ったんですけど、 ただ残念ながら、ぼくが映画をつくり終わったときには、その子たちはもうとっくに思春期に入っていました(笑)。 とにかくどんなことが起こっても、これだけは本当だと思うことを彼女たちに語ろうと思ったんです。

<養老>
作品自体が語っていますね。

<宮崎>
ぼくも下心十分の人間ですか

ら、人をドキドキさせようとか、お金を稼ごうとか、名を上げようとか、そういうごちゃごちゃしたものが自分のなかにしっかりあるわけです。その下心を満足させる作品をつくるには、ここで山場をつくって手に汗を握らせ、 最後には正義が勝つ、というような映画のセオリーを踏めば、ある程度できます。

でも、それではつまらない。それはどこかの国のテロリストと正義の味方しか知らない世界に生きている人たちと同じことになる。そういう世界観で映画をつくる気はさらさらないんです。

<養老>
では、どんな世界観を描こう、と。

<宮崎>
どちらにも正義があって、どちらにも理由があるような解決不能な事柄が、これからいっぱい起こってきますよ。そのたびにどちらかにつかないといけないと右往左往していたら、 自分自身もますますおかしくなっていく。それに、正邪の対決なんか子どもたちはもう十分すぎるくらい映画やマンガやゲームで知っているんですね。感動したって、それは「映画だから」、主人公はうまくやっていけるんで、自分はそうはいかないって、使い分けて観てるんです。

映画の主人公は祝福されてるけど、 自分はテレビのタレントすらなれないって。それで、十歳の女の子がジブリに来て、働かなきゃいけなくなったというような映画をつくったんです。

ジブリは、ぼくにとっては見慣れた空間ですけれど、初めて来た女の子にとっては迷宮のように見えるし、とてもおっかないところだろうと思うんです。それにぶっきらぼうで不機嫌な人たちがいっぱい働いていますからね(笑)。

<養老>
十歳の女の子にとっては、そりゃ心細いでしょう。

<宮崎>
ある集団に入って自分の居場所を見つけて、そこで認めてもらうことなんですね。それには大変な努力が要るわけですが、そのときもともと自分のなかに持っている「生きる力」を取り戻していかないと、どうにもならない部分が相当あると思うんです。でも、それが世間で生きていくということなんですね。

<養老>
確かにいまの子どもたちはひ弱で、生きる力に乏しい子どもが増えています。それと同時に、このことは日本人全体にも言えるような気がしますが。

<宮崎>
集団とか組織のなかにどっぷり漬かっている人間にはうんざりしますが、逆に言えば、そのくらいで参ってしまわない人になってほしいんですけど。


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