2026年06月29日
◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
ブラジル出身の元サッカー選手で、卓越した技術とフリーキックの名手として世界的な評価を受け、「サッカーの神様」と称されたジーコ氏。2006年のサッカーワールドカップドイツ大会では、代表監督として日本を指揮しました。いよいよ行われる日本対ブラジル戦を前に、両国と縁の深い氏が弊誌に語った勝負論をご紹介します。いまでは手に取ることができない、約27年前の貴重なインタビューです。
(本記事は『致知』1999年12月号 特集「鳥が選んだ枝、枝が待っていた鳥」より一部を抜粋・編集したものです)
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1人の人間がチームを変えた!
〈神渡〉
2部リーグでしか中程度の成績でしかなかった住金が劇的に変わっていく過程を振り返ってみよう。93年1月、 プロ化を4か月後に控えて、アントラーズはイタリアに遠征し、ヨーロッパのクラブチームと対戦し、戦術を磨いた。
ところが、対クロアチア戦は8対1で完敗してしまった。ジーコは大変怒って、雷を落とした。そのことを聞くと、ジーコは完敗したことを怒ったのではなく、プロ意識の欠如を怒ったのだと訂正した。
「あのとき、アントラーズの若手選手が数か月間ブラジルで練習し、イタリアで合流したんです。見ると、自己管理ができていず、体重を増やしているではありませんか。試合では当然走り負けました。そこでぼくは烈火のごとく怒ったんです。『22、3歳の君達が40歳のぼくより走れないとはどういうことだ。それでも君達はプロを目指していると言えるのか。自分で選んだ道だろう。プ口として成功したいと思ったら、自己管理ぐらいはきちんとしろ!』」
ジーコは続ける。
「若者ですから、時にはディスコにも行きたいでしょうし、青春も謳歌したいでしょう。けれども自分は何を目指しているのか、はっきりしていなかったらついつい目先の欲望に負けて、ずるずる行ってしまうんです。目標を達成するためには犠牲にしなければならないものもある。その代償があってこそ、栄光が勝ち取れるんです。
まあ、これぐらいいいじゃないか、まあ、少々目をつぶろうと妥協すると、人間の弱さはのさばってしまう。一旦決めたら死んでもやり遂げるという気概がないと、大成しない。僕はそれを分かってほしかった。」
選手たちはジーコの日常生活を見て、 「スーパースターになるような人は、 自分に厳しい人でもある。ただ単に身体能力が優れているだけじゃない」ことを学んだ。これがアントラーズのチーム・スピリットを形作っていったのだ。
一人の人間の意識が全体の意識を変える
〈神渡〉
どのスポーツにも2年目のジンクスというのがあり、1年目に素晴らしい成績を挙げた選手やチームが、2年目になると、不思議にスランプに陥るものだ。しかし、アントラーズはそれがなかった。下馬評を覆して、93年7月、1ステージに優勝。94年1月、 2ステージ準優勝。96年にはJリーグ年間チャンピオン。97年には1ステージ優勝と、常に優勝に絡んだ。
「その秘訣は何ですか」と聞くと、こんな答えが返ってきた。
「それは目標がはっきりしているかどうかだと思います。はっきりしていないと、低い次元でついつい満足してしまい、シーズンオフを漫然と過ごしてしまいます。ブラジルで言えば、リオ州選手権を勝ち取ったら、次にブラジル選手権があり、その上にはリベルタ・ ドーレス杯(南米選手権)があり、さらにその上にはヨーロッパ1になったクラブと戦ってクラブ世界一を決めるトヨタカップがあります。日本の場合は、Jリーグで日本一になった後は、アジア選手権があります。 いずれ五大陸で争って世界一を決めるクラブ選手権が始まるでしょうから、 そこで勝って世界一になる。アントラーズはそういう目的意識がはっきりしているから、少々のことでは満足しないのです」
ここでも「目標」という言葉が出た。 目標がない人間は、その日その日を過ごすだけの人間になってしまう。目標がある人間は、人が遊んでいるときでもコツコツ努力する。私はジーコの話を聞きながら、一人の人間の意識が全体の意識を変えてゆき、鹿島アントラーズという強豪チームを作り上げていったのであることを実感した。
「伝統」という言葉がある。野球部でもラグビー部でも、全国大会で優勝を狙うようなチームは地区予選や都府県大会で勝つことは問題にしていない。 当然のように都府県代表として全国大会に進み、日本一の座を賭けて争う。
そんなチームに入れば、凡庸な選手でも驚くような力を発揮する選手になっていく。チームの伝統づくりという点で、ジーコは恐るべき仕事をしたのだ。Jリーグの各チームは外国人スター選手を補強して、得点を稼いでくれることを期待する。彼らの多くは期待どおりの仕事をし、1、2年の助っ人期問が終わると、再びよそへ移籍する。 いわば賞金稼ぎだ。
住金がジーコに白羽の矢を立てたとき、お客さんを呼べるスタープレーヤ ―としてだけではなかった。もっと重要な仕事があった。そのことをジーコはこう表現する。
「アントラーズがぼくに期待したのは、 即戦力としてピッチの上だけのことではなく、チームのスピリットづくりでした。
ぼくの哲学は、「勝利は多くの犠牲と努力を払った者への最高の報酬である」です。
それがようやく定着しつつあります。9年後の今もテクニカル・ ディレクターとしてアントラーズの運営に携わっているのはそのためです」
腰掛け気分ではなかったのだ。
(本記事は『致知』1999年12月号 特集「鳥が選んだ枝、枝が待っていた鳥」より一部を抜粋・編集したものです)
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