勧め合う一盌のお茶の心が、争いのない世をつくる——茶道裏千家・千玄室

2025年8月14日、102歳で天寿を全うされた、茶道裏千家前家元の千玄室氏。弊誌『致知』では何度もご登場いただき、多大なるご恩顧を賜りました。生前のご厚情に感謝を表し、『致知』2022年8月号より、最後の「巻頭の言葉」をご紹介します。
(本記事は『致知』2022年8月号「巻頭の言葉」の全文です)

お茶が湛える緑の色が教えるもの

私は人様から「長生きの秘訣は何かおありですか」と本当によく聞かれる。ここまで生かさせていただいている自分自身、毎日のように、ああ今日も生かさせていただいているとしみじみと有り難みを感じてはいるが、長寿のためのあれやこれやと特別なことをしているつもりはない。

ただ物心ついた頃から、母には身だしなみには気を遣いなさいとよく言われた。そして軍隊時代はそれこそスマートさを誇る海軍だけに、常に清潔なものを身につけるのは当然であり、ズボンにはしっかり折り目をつけ爪や髪、髭まで細かくチェックされていた。それがすり込まれており、この年になっても年寄りの身ながら気を遣っていると思う。

別に華美にせよということではないが、他の方に不快感を与えないことが重要で、とかく年を重ねると着るものなどには無頓着になって何でもよいと思いがちだが、少し気を遣うことによって自身の気分が明るいものとなれば、それは自おのずと周りにも影響を及ぼすものだ。

それに加えて、好奇心が未だに衰えないということも元気でいられる基ではないかと思う。新聞やテレビなどで気になったことは、いろいろ調べて納得したいと思うし、評判になった書籍は読んでみる。このように自身の知識を高めることも、日常を送る上で大切にしているのは確かである。

常々、私は母の胎内にある時から抹茶をいただいてこの世に生まれ出たと信じているし、いまも毎日いただいている。よく冗談交じりに私の血は緑色ですとお話ししているが、これも長生きに繋がるのであろう。

昭和20年5月21日、在隊中の徳島海軍航空隊白菊特別攻撃隊の沖縄攻撃に際して私は待機命令を受け、特攻から外された。亡くなった戦友には申し訳なく忸怩たる思いで生きているが、それは私に二度と戦争の行われない世をつくるために生き残ったのだから頑張れ、と言われているようで、皆のためにも生きなくてはいけないという力になっている。

お茶の一盌のあの中に湛えられている緑の色は、自然共生に人は在らねばならぬことを示しており、勧め合う一盌のお茶の心が争いのない世をつくっていくのだと信じ日夜努力、精進をしてきた。これらも私がいままで生かさせていただいている大きな原動力になっていると申しても過言ではない。

人類のこれからに思う

いまの世の中を見渡すと、人が自分自身の生き方に毎日戦々恐々、疑心暗鬼になっている現実が垣間見える。世界の国々の力関係の変化を反映し、円安が進み国際社会の中に置かれた日本の経済的均衡が乱れ、私たちの大切な日々の生活にもいろいろと不便が生じてきている。

考えてみると、我が国は先の大戦で壊滅的状態になったが、皆で力を合わせ再建し今日の繁栄を築いた。今回も、日本の平和に対する願望を世界と共有していくことが非常に大事になってくる。

明日のことより今日、いま現時点に立って考え実行していくことが未来への足掛かりになるのではないか。

経済学者が早くから論じてきたことが、いたずらな戦いにより早まり、穀物をはじめとする食糧が不足し価格は高騰している。もちろん、先進国といわれる国々でもその影響は大きいが、それにも増して支援を必要としている発展途上国の状況は深刻さを増している。

日本でも影響が出始め危機感はあるものの、一般的にはまだ贅沢をしているようでそのモチベーションは低いように感じる。

これからはすべての人が世界と一体感を持って生活するということを心がけなくては、本当に地球は壊れてしまうであろうと危惧する。

地球上で人と自然が共存するために、世界が一体化して力を合わせることを願って最後の寄稿とさせていただく。


◎千玄室さんも、弊誌『致知』をご愛読いただいていました。創刊47周年を祝しお寄せいただいた推薦コメントはこちら↓↓◎

月刊誌『致知』が創刊四十七周年の節目を迎えられ、愛読される方々が増えていることを心より嬉しく思っております。 
現代の日本人に何より必要なのは、しっかりした人生哲学です。『致知』は教養として心を教える月刊誌であり、毎回「人間を学ぶ」ことの意義が説かれています。もっともっと多くの方がこの誌を通じて自らの使命を知り、日本人としての誇りを培っていただけたらと念じてやみません。
(千玄室氏は8月14日にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈り致します。)

千玄室先生が遺した日本人へのメッセージは〈致知電子版〉でお読みいただけます

〇2025年11月号 特集「名を成すは毎に窮苦の日にあり」
追悼特別講話<生きる力>

〇2023年5月号 特集「不惜身命 但惜身命」
対談〈世界の平和に人生を捧げて〉

〇2022年4月号 特集「山上 山また山」
インタビュー〈数え100歳、生涯現役を生きる〉

〇2020年4月号 特集「命ある限り歩き続ける」
インタビュー〈生涯、茶の心で生きる〉

◇千 玄室(せん・げんしつ)
大正12年京都府生まれ。昭和21年同志社大学法学部卒業後、米・ハワイ大学で修学。39年千利休居士15代家元を継承。平成14年長男に家元を譲座し、千玄室大宗匠を名乗る。文学博士、哲学博士。外務省参与、ユネスコ親善大使、日本・国連親善大使、公益財団法人日本国際連合協会会長等を歴任。文化勲章、レジオン・ドヌール勲章コマンドール(フランス)、大功労十字章(ドイツ)、独立勲章第一級(UAE)等を受章。令和7年逝去。

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください

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