2025年10月12日
迫力ある突っ張り相撲で多くのファンを沸かせた元大関の千代大海。大関在位65場所は、歴代1位タイとしていまだ破られていない大記録です。現在は相撲部屋の名門・九重部屋の第十四代九重親方として、弟子たちの指導に心血を注ぐ九重龍二氏。学生時代は遊びや喧嘩に明け暮れていたという氏の人生を変え、相撲の道へ歩むきっかけとなったお母様とのエピソードを振り返っていただきました。
(本記事は『致知』2025年10月号インタビュー「限界を決めるな~大横綱・千代の富士が教えてくれたこと~」より一部を抜粋・編集したものです)
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人生を変えた母親の覚悟
──親方はどのようなきっかけで相撲の道に入られたのですか。
<九重>
私は大分県で育ったのですが、小さい頃から体が大きく運動神経も抜群で、とにかくやんちゃだったんです。大人のルールに合わせるのが嫌で、義務教育時代は遊びや喧嘩に明け暮れていました。
その中で一番誰に迷惑をかけたかというと、やはりお袋なんですね。父は、警察署の柔道師範をしていたのですが、私が五歳の時に亡くなったんです。以来、お袋が女手一つで育ててくれました。
──ああ、母子家庭で育たれた。
<九重>
お袋がいつも言っていたのは、「男ならやったことは自分で責任を持ちなさい」ということでした。私が悪さして警察に補導された時も、周りの友達はその日のうちに親が迎えに来ます。
ところが、私だけ次の日にならないとお袋が迎えに来ない。待っている間、刑事さんと食事をしたり署に泊まったりしなければいけないんです。
──お母様の愛情を感じます。
<九重>
結局、そんな生活を送っていてどうなるんだと考えるようになって、自分の腕力を正義のために使おうと、中学2年生の頃から空手を始め、卒業後は空手の師範の会社でとび職をするようになりました。それでも、日本にいたらまた悪さするんじゃないかと感じて、師範の兄弟弟子がいるアメリカのシカゴに渡り、ボディーガードになろうと決めたんですね。
ただ、そのことを家の掘り炬燵に入っている時に、お袋に伝えたところ、台所から出刃包丁を持ってきて、ぱっと私の頸動脈に突きつけ、こう言ったんです。
「いままで我慢して育ててきたけれども、シカゴに行けば、あんたは誰かに殺されるだろう。だったらあんたを殺して私も死ぬわ」
──……凄まじい気迫です。
<九重>
出刃包丁の切先から殺意を感じました。でも、お袋に目をやると涙を流して泣いているんですよ。その涙を見て脳が爆発するかのような衝撃を覚え、お袋の希望を受け入れようと思ったんです。
それで「分かった。俺にどうしてほしいんだ」ってお袋に聞いたら、力士になってほしいと。
どうやら、私が幼い頃、ある占い師に見てもらった際に、「この子は力士になる」「大関になれる」と言われたらしいんです(笑)。私も体が大きかったですから、子供の頃から地元の相撲大会に出て、優勝したりしていました。そういうことがあって、お袋の密かな夢は、私を力士にすることだったんです。
(本記事は『致知』2025年10月号インタビュー「限界を決めるな~大横綱・千代の富士が教えてくれたこと~」より一部を抜粋・編集したものです)
↓ インタビュー内容はこちら!
◆一人ひとりに愛情を持って向き合う
◆人生を変えた母親の覚悟
◆生涯の師匠との運命的な出逢い
◆限界を自分で決めるな──相撲道を支えた師の教え
◆師の精神を受け継ぎ相撲道を歩み続ける
◇九重龍二(ここのえ・りゅうじ)
昭和51年大分県出身。元大関・千代大海。中学卒業後、大横綱・千代の富士が親方を務める九重部屋に入門。平成4年に初土俵。11年大関に昇進。戦歴771勝528敗休場115。幕内最高優勝3回。大関在位65場所という歴代1位タイの大記録を持つ。22年現役引退。28年九重部屋を継承。
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