日本人初のボクシング世界王者・白井義男氏が振り返った、〝世紀の1戦〟

1952年5月19日、日本人初のボクシング世界王者に輝き、戦後の日本に希望の光を灯した白井義男氏。その栄光の背景には、一人のアメリカ人・カーン博士の存在がありました。世界王者に輝いた〝世紀の1戦〟を振り返っていただきながら、白井氏と夢を共にし、人生を懸けたカーン博士との思い出を語っていただきました。
(本記事は『致知』1996年1月号 特集「恩に報いる」より一部を抜粋・編集したものです)

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ヨシオ、 ウェイク・アップ!

――もう40年以上たちますが、日本人初の世界チャンピオンになったときの戦いはまだ覚えておられますか。

<白井>
もちろんです。確か7ラウンドだったと思いますが、強烈なパンチを右顎にもらいましてね。一瞬、何もかもわからなくなり、私は放心状態でリングを歩いていたそうです。ただ運がよかったのは、パンチを食ったのがラウンド終了のゴングが鳴る寸前だったことでした。もし何秒か余してパンチをもらっていたら、倒されてしまっていたかもしれません。

コーナーに戻ってもボンヤリしたままでした。そのとき、カーン博士が僕の背中を掌で思い切り叩いて、「ヨシオ、ウェイク・アップ!」と叫んだんです。博士の手はまるでうちわのような大きな手で、それで思い切りピシャリとやられたものですから、一遍に目が覚めた。

――ところで、子供時代の白井さんはいじめられっ子だったそうですね。

<白井>
ボクシングは不良がやるスポーツだというイメージがあったでしょう。だから、私も相当なワルで鳴らしたと思われているようですが、まったく逆なんです。

同じクラスに身体の大きな悪いやつがおりましてね。下校時間になると、 僕ともう一人の友人を校門で待ち構えている。小遣いで何か買ってやらないと放免してもらえないし殴られる。お金は持っていませんから、友人に「お前、持ってるか」と聞くと、「ない」という。思い余って職員室に駆け込んだら、先生が「お前ら二人もいてやられるわけはないだろう」というんですね。

そういわれたらしようがない。やるしかないということになり、友人か僕か、どちらかが先にかかっていくかジャンケンで決めようということになったが、運悪く僕の負け。もう覚悟を決めて向かっていきました。当時の子供の喧嘩は取っ組み合い。まあ相撲をとるようなもんです。夢中で向かっていったら、なんのはずみか僕が相手をぶん投げて、勝ってしまいました。

――それからは白井さんが親分格?

<白井>
まぁ、そうなりますね。小学校時代の喧嘩ですから、それが後にボクシングをやることに直接つながっているとは思えませんが、身体は小さくても、おれは強いんだという気持ち、 これが僕の一つの支えにはなりました。

しかし、決定的なのは、何といってもカーン博士との出会いがあったからです。

サンキューをいうのは私の方だ

――カーン博士はマネジメント料をとらなかったそうですね。それどころか、白井さんが試合に勝つたびに土地を買い、家を買ってくれたと聞きました。白井義男という青年に自分のすべてを賭けた。そんなカーン博士の気持ちが感じられます。

<白井>
こんなこともありました。ボクシング中継をご覧になっていると、 傷口にクリームを塗っているでしょう。 僕の時代はまだそういうものがなくて、 博士がアメリカの友人を通して手に入れたんですが、効き目を試すのに、僕で実験するわけにはいかない。で、自分の腕をナイフで切って試したんです。

――白井さんに人生の夢も希望も賭けて打ち込んだ。その凄味が伝わってきます。

<白井>
カーン博士が僕に夢を賭けてくれた。その夢が僕の人生を形作った。
「足を向けては寝られない」といういい方がありますが、僕にとって博士はそういう存在ですね。

――白井さんの現役引退後、カーン博士はどうなさったのですか。

<白井>
博士は生涯独身でした。兄弟もいません。だから、78歳で亡くなるまで、僕の家族とずっと一緒でした。3人の子供たちにとってはいいおじいちゃんみたいなものでしたよ。

――別のいい方をすると、白井さんが最後まで面倒を見られたということですね。立派に恩に報いられた。

<白井>
いや、それはちょっと違いますね。何というか、博士は僕にとって恩返しをするとか報恩とかの対象ではない感じなんです。そういうものを超えた存在、僕の人生の一部そのものという感覚ですね。だから、最後まで家族と一緒だったというのは、ごく自然なことなんです。

――なるほど。報恩ということでいえば、白井さんが世界チャンピオンになられたことが、カーン博士の恩に報いたことだったのでしょう。
それにしても日本語をしゃべらないおじいちゃんでは、ご家族は大変だったのではありませんか(笑)。

<白井>
おかげで、女房も子供たちも英語はペラペラです。

――カーン博士への思いは尽きることがないでしょうが、とくに印象に残っていることがありますか。

<白井>
パスカル・ペレスとのタイトルマッチで防衛に失敗して引退したあとですが、あるとき、「今の自分があるのはあなたのおかげだ」ということをいったんです。

僕なりに感謝の気持ちを伝えたかった。すると……、博士は

「サンキューをいうのは私の方だ。家族もいない私の前にお前のような若者が現れてくれて、私の夢を叶えてくれた。おかげで私はこの世の幸せを味わうことができた。本当にありがとう」

と……。失礼、博士の気持ちを思うと、ありがたさに柄にもなく目頭が熱くなってしまうんです。

――先ごろ、白井・具志堅スポーツジムを始められましたね。

<白井>
僕ももう71歳ですから、 博士と同じ歳まで生きられるかどうかわかりませんが、博士の歳になるまでに、せめて一人はチャンピオンを育てたいなぁと思います。それができたら博士の恩に報いることが完全にできたといえるのかもしれません。


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