【取材手記】「何もない村」に人が殺到? 農協職員と村役場職員が起こした奇跡

~本記事は月刊『致知』2025年9月号 特集「人生は挑戦なり」掲載対談(かくして我が郷土を輝かせてきた——ここにしかない宝を磨き抜く)の取材手記です~

遠く離れた二地域を結ぶ師弟関係

地方の活力喪失が叫ばれ始めて何年が経つでしょうか。『地方消滅』なる新書が話題となったように、日本を支えてきた田舎の深刻な現状が年々浮き彫りにされ、地方について語る時には悲壮感がつきものになっている面があるように思います。
そうした中で、都会の喧騒を離れた山間に、平日・週末を問わず代わる代わるお客さんが訪れる「道の駅」、輝きを放つ地域があります。高知県高岡郡四万十町と、京都府相楽郡南山城村。地名だけでは想像がつきにくいかもしれませんが、この二地域はなんと、地元で有名であるのみならず、全国にファンを拡大しています。

躍進の立役者が、今回『致知』にご登場いただいたお二人です。農協の職員から、地域振興のため第三セクターとして設立された㈱四万十ドラマの第一号社員となり、現在も会長を務める畦地履正(あぜち・りしょう)さん。そして、長年の役場勤めを経て、村の出資で立ち上げられた㈱南山城の社長になった森本健次(もりもと・けんじ)さん。

右が畦地さん、左が森本さん

お二人は、単なる道の駅の運営者でもなければ、助成金を原資に地方創生に取り組む団体の代表でもありません。民間企業として、地域の魅力を掘り起こし、内外に発信する「地域商社」の経営者であり、その活動はいま、地方再生の新たなモデルとなり全国から熱視線を浴びています。

既に、それぞれ個別に多くの媒体で取材を受けられていましたが、いくつかの記事を通して〝師弟関係〟にあることが分かり、対談の企画が持ち上がりました。弊誌の編集者とご縁のあった南山城村のご愛読者に仲介をいただき、森本社長に取材依頼。するとすぐに畦地会長へ連絡を取ってくださり、あっという間に東京で対談が決まりました。

このスピード感、フットワークの軽さに、衰退が取り沙汰される山間地域を盛り上げるだけの人物には並々ならぬ活力があること、またお二人の間にある信頼関係が感じ取れました。

師匠の一喝で、目が醒めた

対談は7月、致知出版社にて行われました。多忙極まる中、東京都内のお客様とのアポをわざわざ調整して、来社くださったのでした。

会うのは数か月ぶりというお二人に、冒頭、初めての出逢いについて質問。それは衝撃的な邂逅でした。事の発端は2012年2月、森本社長(当時:役場職員)が、先んじて道の駅を成功させ、注目を浴びていた畦地会長(当時:社長)率いる四万十ドラマの事業を視察に行ったことでした。

四万十ドラマは、1994年に畦地会長の地元・高知県十和村(現在は四万十町に合併)を含む近隣自治体の共同で設立された第三セクター。四万十川の中流域、ほぼ愛媛県との県境に位置する十和村は、1日の交通量がわずか1,000台しかなく、一見して商売に向いた場所とは思えません。

けれども、地元産品などに光を当てヒットを生んできた実績もあり、2007年「道の駅四万十とおわ」の指定管理業者になると、オープン初日に何と5,000人を集客。以降も高い人気を維持しています。

一方で高校を卒業後、京都府の自治体として唯一の村である地元・南山城村の役場に奉職し、様々な取り組みで成果を上げてきた森本社長は、「魅力あるむらづくり推進室」の責任者となり、新たな道の駅の開設に関する基本計画をつくることに。しかし住民への説明会では反対の声が続出、悩んだ末に、コンサルタントの方に紹介された畦地会長のもとへ関係者数名と車を走らせたそうです。

初めて高知の四万十町を訪れた森本社長はじめ南山城村のご一行を、畦地会長は歓待しますが、次第に苛立ちが隠せなくなります。記事を抜粋して、様子を紹介します。

〈畦地〉
来られた日に一席設けたんでしたね。未だに笑い種(ぐさ)ですけど、僕は一番年配に見える人が責任者だと思って、その人に向けて喋っとった。実の責任者は隣にいた森本さん。当時40そこそこ、茶髪に長髪で、役場にもこんなやつがいるのかと思ったね。

〈森本〉
地元では〝デキる公務員〟だったんですよ(笑)。

〈畦地〉
高知は飲む文化ですから、「よう来たね」と酒を注ぎつつ、腹を割らせようと考えていました。

というのも、あの頃の道の駅は大抵、自治体が出資する第三セクターが運営していて、赤字の補填は自治体頼りでした。一方僕らは、民間から指定管理業者(自治体の委託により公の施設の運営、管理を担う)となり、行政の援助に頼らず経営していました。果たして、南山城村が目指しているのはどっちかなと。

それがいくら話を聞いても判然としないので、プッツンきてね。酔った勢いで「誰がやるんじゃ!」と言ってしまった。

〈森本〉
いま思うと、まさに本質を衝(つ)いた一喝でした。それまで自分が腹を括るべきだと薄々思いつつ、役場や議会のルールがあって踏み切れなかった。そんな僕の背中を強く、のけぞるくらい押してくださったのが畦地さんでした。

どんな地域でも、中心に立って腹を括る人間がいなければ、絶対に復活することはない。それに最も相応しいのは、地元の人材である――これが、畦地会長の確信でした。

畦地会長の強烈な一喝が、心をくすぶらせていた森本社長に、強烈な当事者意識を植えつけました。これによって森本社長が一念発起し、役場を辞める覚悟で動き出したことで、畦地会長も自らの経験、培ってきたノウハウをすべて南山城村に注ぎ込むことを決意。そこからお二人は共同で地域の現実に向き合い、少しずつ着実に変革を起こしてこられました。

「何もない」をひっくり返す!

実は、森本社長を一喝された畦地会長ご自身も、同じような体験の持ち主でした。地元の農協に勤めていた若い頃、人生の師匠となる方からの愛ある一喝を受け、地域を復活させる道に足を踏み入れることになったのです。

いま地方では、目立った観光資源や誇るべき特産品のようなものがないことで「ここには何もない」と感じている方が多いのが現実ではないでしょうか。離れた地域ながら、浅からぬ縁で繋がったお二人は、果たしてどのように郷土を輝かせてきたのか。その道のりは本誌で辿っていただきたいと思いますが、特に印象に残ったことがあります。

それは、地域活性化の根本は何かということです。こう言うとつい、地域特有の素材や製法を生かして特別な商品、つまりモノをつくることが頭に浮かびますが、お二人がされてきたことは、それではありませんでした。

大切なのは、その地域の人が大切にしてきた暮らし、生き方を凝縮した「考え方」を掘り出し、それを商品を通して伝えていくこと――。

これは他でもない、畦地会長が若き日に一喝を受けた師匠、デザイナーの梅原真さんに徹底して教え込まれたことだそうです。

〈畦地〉
当社がノウハウとして大事にしているのは「自分たちの地域が大事にしてきたものを、もう一度見つけ直す」「何が他の地域にない、一番の強みなのかを考える」ことです。

とにかく「ここ」、地域で勝負すること。自分たちの考え方を持った商品が生き延びていきます。「ここ」に徹していると、皆が求める「あそこにしかないもの」に成長していくんです。

この教えを血肉にし、四万十地域のファンを県外にも増やしてきたのが畦地会長であり、そうして深められた実践的な知恵を生かして、南山城村を盛り立ててきたのが森本社長です。森本社長が中心となって運営されている「道の駅 お茶の京都 みなみやましろ村」は、現在年間で約62万人が訪れ、村の税収の2倍以上にあたる7億円の売り上げを計上しているそうです。

もちろん、その過程には、多くの困難がありました。人口の減少、住民の失望感と厳しい視線……マイナス要因を挙げればきりがありません。そういう重たい現実を動かしていくためには何が大事か。森本社長が、体験を踏まえ実感を込めてこう語られました。

〈森本〉
人を動かすには小さな成功事例を積み重ねるしかない。その過程で「こいつはこんな目標を実現しようとしているんだ」と理解、共感してもらうことが大事なんですね。

こちらが相手の気持ちを乗せる努力をしないと、物事は前に進まないことを学びました。

地域を輝かせるために必要な考え方と、それを実現するリーダーシップ。お二人の対談には、地域創生に関わる人のみならず、困難な仕事に立ち向かおうとするすべての人へのエールとも思えるヒントがちりばめられているように感じました。

その軌跡とお取り組みは、地域の希望であると同時に、日本の未来をつくる希望でもあります。ご自身と関係ない話題のように思われた方も、ぜひご一読いただければ幸いです。

~本記事の内容~
◇「誰がやるんじゃ!」 飲みの席での一喝
◇〝田舎だから何もない〟は本当か?
◇沈下橋を渡って開けた世界
◇小さな成功の蓄積が人を動かす
◇何よりもまず考え方を固める
◇「しまんと地栗」で伝えるもの
◇紛糾した南山城村の道の駅説明会
◇お茶をつくってきた暮らしを守るために
◇「お茶は売れない」を引っくり返す
◇地域商社の使命 挑戦すべき未来

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