「町の魚屋」にして〝日本一の名店〟はこうしてつくられた——原点となった親方との約束〈サスエ前田魚店・前田尚毅〉


独自の技によって、大衆魚を高級魚に勝るとも劣らない味わいに仕立てる名人がいます。サスエ前田魚店代表の前田尚毅氏です。店舗は静岡県焼津市に一つのみ。氏は地域住民に愛される町の魚屋としての顔を維持しつつ、国内外の一流料理人がこぞって仕入れを希望する世界的名店に育て上げてきました。いわゆる「町の鮮魚店」だった同店の名声を世界まで轟かせた道のりを辿る上で、原点とも言うべき恩師との出逢いを振り返っていただきました。(本記事は月刊『致知』2025年5月号 特集「磨すれども磷がず」より一部を抜粋・編集したものです)

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50円のイワシが1万円の魚を打ち負かす

──静岡・焼津に国内外から注文が殺到する鮮魚店があると聞いて伺いました。一見どこにでもありそうな「町の鮮魚店」が世界中から注目を集める理由はどこにあるのでしょうか。

〈前田〉
サスエ前田魚店は1960年、静岡県焼津市で創業した老舗の魚屋です。初代・前田英逸から数えて、私で五代目になります。創業以来、鮮度がよくおいしい魚をリーズナブルな価格で提供し続け、地元の住民や飲食店に長らく愛されてきました。

飲食店の取引先は国内外に100軒ほどを数えますが、販売先を県外に広げたのはつい14年ほど前のことです。ミシュラン三ツ星店をはじめ一流料理人にも重宝される理由は、魚の旨味を極限まで引き出す「仕立て」の技にあります。うちが主として扱っているのは、鯵(あじ)や鰯(いわし)などのいわゆる大衆魚なんです。けれども、この仕立てによってどんな大衆魚も高級魚に劣らぬ味に昇華させることができます。

高級魚は確かにおいしいですよ。でも、50円の鰯が1万円の魚を負かしたらすごくないですか? それを狙いたいんです。

親方との約束

──ところで、前田さんが家業に入られたいきさつは?

〈前田〉
小学校の卒業文集に「将来は魚屋になる」と書いていたほど、幼い頃から当然家業を継ぐものだと考えていました。でも困ったことに、魚は好きでも学校の成績は悪いし、いつも先生を困らせるやんちゃ小僧でした。水産高校卒業後は修業のため、沼津の荷受け仲卸しの会社に就職しました。気性の荒さは相変わらずで、市場で喧嘩をしたり、仕事をさぼっては港で昼寝をするなんていうのはざら(笑)。リフトで軽自動車を刺してしまうなんてこともあって、入社から2年経った頃、いよいよ辞めてくれと言われてしまうんです。

それで家業に入り、厳しい先代のもとで修業を始めました。最初の1年半は鰯の頭取りと掃除をひたすらやらされていましたね。

──そんな状況から、どうやって仕事に目覚めていかれたのですか。

当時焼津で一番と言われた割烹料理屋「月の森」の店主・長谷川裕三さんの影響ですね。

親方は魚を仕入れによくうちの店にいらしていましたが、先輩方が選んだ鰹ではなく、毎度決まって、目利きもままならない私の鰹を選んでくれました。ある日、素人の自分から見ても明らかに先輩の魚が勝っていると感じて、親方に出した魚をサッと下げたんです。

すると親方は「待て。おまえがいいと思ったんだろう? それを使わせてくれ」と。そうして、来る日も来る日も私の鰹を使い続けてくれました。

それまで私は人に迷惑ばかりかけて、親にすら一度も褒められたことがありませんでした。そんな自分を信じてくれたことが本当に嬉しかった。これが心を入れ替える大きな転機になりました。

先代には「身銭で飯を食いに行け。舌を育てろ」と言われていましたから、週末には1万円を握りしめて、親方の店へ夕飯を食べに行きました。そこでも「この鰹うまいな」と言うお客に、親方は「俺じゃなくて、そこに座ってる若者が選んでくれているんだよ」と言って、私を立ててくれました。

店の片付けが終わると、親方と2人で話をするのが恒例でした。親方はわざと天ぷらの水分を抜いたり、味つけを変えたりして私を試すんですよ。変化に気づくと、「うん、それでいい」というような反応をする。そうやって舌を鍛えてくれていたんですね。本当に頭が上がりません。

──素晴らしい師に恵まれましたね。

そういう親方の愛情に応えたい、迷惑をかけたくないという思いで、必死に仕事を覚えるようになりました。先代は私に対して「見て覚えろ」の一点張りでしたから、他の若い衆に教えているのを盗み聞きしたり、帰宅後、夜中にこっそり起きて、刺し身の代わりに蒟蒻(こんにゃく)で包丁の練習をしたりして仕事を覚えていきましたね。

ところが、やっと仕事が板についてきた30歳の時、親方は膵臓がんで余命4か月を宣告されてしまうんです。亡くなる前、親方から入った一本の電話が最後のやりとりになりました。

「いいか。いまにおまえについてくる料理人が必ず現れる。もし俺に恩を感じてくれているなら、その料理人たちを全力で応援してやれ。これは男と男の約束だぞ」

そう言い遺して、親方は約70年の生涯に幕を閉じたんです。


本誌では、親方との約束を胸に、サスエ前田魚店を日本一の鮮魚店へと育て上げていく道のりが詳細に語られています。その仕事ぶりはまさに命懸けそのもの。打たれても打たれても立ち上がる、「不撓不屈」とも呼ぶべき歩みに思わず心を打たれます。全文はこちら

◉『致知』2025年5月号 特集「磨すれども磷がず」◉
インタビュー〝かくして日本一の鮮魚店をつくってきた

前田尚毅(サスエ前田魚店代表)

 ↓ インタビュー内容はこちら!

◇魚の温度と人の温度
◇未明まで繰り広げられる魚談義
◇親方との約束
◇日本一の魚屋と呼ばれるまでの道のり
◇土俵際の美学

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◇前田尚毅(まえだ・なおき)
昭和49年静岡県生まれ。水産高校卒業後、水産会社で荷受や仲卸しを学び、平成7年家業であるサスエ前田魚店に入社。令和6年に代表取締役に就任。地域に愛される町の鮮魚店としての顔を維持しつつ、県外への販路拡大、寿司やどんぶりの提供など新たな施策を次々に推進。ミシュラン三ツ星の名店をはじめ、国内外の一流料理人から仕入れの依頼が殺到する繁盛店を築く。著書に『冷やしとひと塩で魚はグッとうまくなる』(飛鳥新社)『サスエ前田式 最高に旨い魚の仕立て術』(産業編集センター)がある。

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