伊調馨選手と小平奈緒選手は、なぜ〝頂点〟を究めることができたのか

写真=村越 元

トップアスリート2人が一堂に会すまで

女子個人として前人未到のオリンピック4連覇を成し遂げたALSOK所属レスリング選手の伊調馨さん、2018年の平昌オリンピックで日本女子スケート選手として初めて金メダルを獲得した相澤病院所属スピードスケート選手の小平奈緒さん。

月刊『致知』2021年6月号 特集「汝の足下を掘れ そこに泉湧く」には、それぞれの競技で頂点を究めたお二人の貴重な対談が掲載されています。

対談企画の発端は、ある雑誌に掲載された小平選手のインタビュー記事でした。その中で、小平選手が伊調選手を尊敬するアスリートとして挙げているのを弊社編集部員が発見し、さっそく取材依頼。お二人が所属するALSOKと相澤病院は予て弊誌とご縁があったこともあって(ALSOK・村井温会長、相澤病院・相澤孝夫理事長は過去の号でご登場いただきました)、対談企画を快くお引き受けくださいました。そして試合等の関係で半年ほど日程調整を続け、2021年3月18日に都内で実現に至ったのです。

当初、強豪ひしめく世界の舞台で勝ち続けてきたお二人には、どこか近寄りがたい雰囲気があるのではないかと身構えていたのですが、実際は全くの逆で、お二人とも非常に謙虚で、何よりも自然体。対談中もユーモアと笑顔が絶えない終始和やかな雰囲気でした。しかし、そこにこそまさにお二人の強さの秘密があったのです。

内発力が生む、圧倒的成長スピード

対談を終え、お二人が世界の頂点を究めることができたのには、主に3つの要因があるのではないかと感じました(もちろんそれ以外にもたくさんあります)。

一つには、お二人とも誰かに指示されるのではなく、「競技が楽しい」「もっと成長したい」という自分自身の内発的な動機で競技に向き合ってきたということです。そのような姿勢は周囲の環境、指導者の影響によって培われたことがお二人のお話から伝わってきました。例えば、お二人は幼い頃にレスリング、スケートを始めた当時のことを次のように振り返っています。

《伊調選手》
「……むしろレスリングの練習が楽しみでした。というのも、基本的に練習は土日の週2回で、レスリング自体の練習は40分くらい、あとの1時間は皆で走ったり、筋力トレーニングしたりがほとんどだったんですね。皆とワイワイ練習できるのがとても楽しくて、週二回だけでは寂しい、もっと練習をしたいなと思っていました。

それに、確かにコーチは怖かったのですが、スパルタ式の指導では全くなかった。コーチが怒るのは自分が一所懸命に練習をやらなかったからで、きちんと理由があるんです。試合でも勝ち負けではなく、練習したことを出さなかった時に怒るんですよ。子供ながらに、一所懸命に練習すればいいんだということは分かりました。

だから、試合の前に緊張したり、負けたらどうしよう、勝たなければコーチに怒られる、といった気持ちは一切ありませんでした。

あと、挨拶をする、誰よりも先に行動する、積極的に練習するとか、普段の姿勢が大切なんだよってことはよく言われました。これはいまも身についています。そういう意味では、私の原点はコーチの教えなのかもしれません」

《小平選手》
「……両親はそこまでスケートに詳しいわけではなくて、少し離れたところから応援してくれるという感じでした。ある程度放っておかれたというか、自由にスケートをやらせてくれたことが私の原点かなって思っています。
 〔中略〕
自分がうまく滑れるようになっていく過程、体の変化を実感できる瞬間がすごく楽しかったですね。また、これも伊調さんと同じで、ウォーミングアップの時に鬼ごっこをしたり、他の小学校の子供と仲良くなったり、皆でワイワイできるのも本当に楽しくって。普段の生活とは違う居場所がスケートにはありました。

でも、楽しいっていうのは決して『楽』とは違うんですよ。苦が楽になるというか、辛いこと、苦しいことをいま自分は乗り越えている、いま自分は一所懸命に生きているなっていう感覚が楽しさなのかなって私は思うんです。ですから、友達と喧嘩したり、コーチに叱られたり、そういういろんなことを全部ひっくるめてスケートが楽しいって思えていました」

世界一は周囲の人のおかげ

二つには、周囲に「感謝する心」です。伊調さんも、小平さんも、自分の力、自分の努力で金メダルを獲得することができた、というようなお話は一切されませんでした。むしろ、周りの応援や仲間の支えがあってこそ、自分が成長できたことを何度も強調されています。

伊調さんは、高校や大学の厳しい練習に耐えられたのは姉の伊調千春さん(元レスリング選手)や仲間の支えがあったからだとおっしゃっています。また、初めて出場したアテネオリンピックで金メダルを獲得できたのも千春さんの存在が大きかったそうです。

《伊調選手》
「私が金メダルを獲得することができたのも、姉の存在があったからなんです。姉は別の階級で出場していたんですけど、決勝戦で負けて銀メダルになってしまった。その何十分後かに私の決勝戦が予定されていたのですが、姉妹一緒に金メダルを獲得することが目標、夢だったこともあって、いま自分は何のために試合をするのだろうと、闘う気力を失ってしまったんですね。

でも、その決勝戦が始まる直前に、姉が私のところにぱーっと走ってきて、『ごめんね。自分は最後勇気がなかったから負けた。馨は勇気を持って最後まで攻めてこい』って言ってくれたんです。試合を終えた姉は、本来ならすぐドーピング室に行かなくてはいけなかったんですけど、係の人に『自分が負けたことで妹が泣いていると思うから、ちょっと声を掛けにいってもいいですか』と伝えて、私を励ましにきてくれた。

それで私が負ければ姉はきっと自分のせいにする、姉のためにも勝たなきゃっていう思いが込み上げてきて、再び闘う気力を取り戻すことができたんです。初めてのオリンピックで浮かれていた部分があったので、決勝戦直前の姉のひと言がなかったら、きっとぼろ負けしていたと思います」

一方の小平さんも、例えば大学を卒業した年に、1500、1000、500メートルの三種目で優勝できたのは所属先の相澤病院の温かい支えがあったからだとおっしゃっています。なかなか所属先が決まらなかった小平さんを「長野で頑張っている選手だから」と受け入れたのが相澤病院だったのです。

《小平選手》
「大学を卒業した2009年は、2010年のバンクーバーオリンピックを迎える前の大事な年だったのですが、初めて目指すオリンピックにこのまま独りぼっちで臨むのかと、とても不安でした。

そんな私を『地元の長野で頑張っている選手だから』と受け入れてくださったのが、相澤病院の相澤孝夫理事長でした。練習も大学時代と同じ環境でできるようにしてくださり、職員の方もすごく温かく迎えてくださって、一気に家族が増えた気がしました。

そこから覚悟が決まったというか、安心したんでしょうね。スケートに対する真っ直ぐな気持ちを加速させて、同年に開催された全日本スピードスケート距離別選手権大会では500メートル、1000メートル、1500メートルの3種目で優勝することができたんです。

この時は、自分のためというよりも、本当に自分の生き様を職員の皆さん、患者さんにも感じ取ってほしいという気持ちで滑ることができました。周りの方々の温かい支えと応援があってこその3種目優勝だったと思っています」

終わりなき道を究める

それから三つには、目先の勝ち負けではなく、「終わりなき道を究める」という意識を持って競技に向き合っているということです。

周りから評価されたいという思いや目先の勝ち負けに拘っていると、プレッシャーを感じたり、時にどうしてよいのか分からなくなってしまう。しかし、競技そのもののやりがい、価値に気づいて、競技そのものを究めていきたいという意識で取り組んでいけば、どんどん目の前に新しい世界が広がり、苦しい練習を苦とも思わない、努力を努力とも思わない、無我夢中の境地に入っていくと。

初めてお会いした時に、お二人から感じた気負いのなさ、常にユーモアや笑顔を絶やさない心の余裕のようなものは、「内発性」や「感謝の心」もさることながら、長年の修練の先に「道を究める楽しさ」を掴み取った者だからこそ、纏(まと)えるものなのだと思います。

上記のほかにも、お二人の対談には、「自信と覚悟が勝敗を決める」「完璧じゃなくていい、8割、9割で合格点」「伸びる選手は何事にも一所懸命」など、人生・仕事のヒントになる言葉や教えが満載です。ぜひ『致知』2021年6月号 特集「汝の足下を掘れ そこに泉湧く」をご覧ください。


🔥お二人が『致知』2021年6月号にご登場!!🔥
10ページのロング対談で、競技に懸ける思い、恩師とのエピソード、
そしていつまでも成長し続ける人の条件を存分に語り合っていただきました。


(本記事は月刊『致知』2021年6月号の内容に基づき、一部を書き下ろしたものです)

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