「最後はいつも何とかなる」──負債10億・倒産寸前の老舗旅館を救った女将が語る”成功の要諦”

専業主婦から一転、31歳で大正時代から続く老舗旅館「元湯 陣屋」の女将として旅館の経営を担うことになった宮﨑知子さん。当時10億円もの負債を抱えていた陣屋を救うべく、業界では異例の週休2日制導入やITによる業務の効率化など数々の大胆な改革を進め、僅か3年で業績を黒字化。客単価は4倍、売上高は2倍に増加と、奇跡のV字回復を遂げました。崖っぷちの状況下に一灯を見出し、赤字経営を立て直した宮﨑さんに、組織体制の大転換を成功させた要諦について伺いました。※記事の内容や肩書はインタビュー当時のものです。

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女将の仕事は何でも屋

〈宮﨑〉
私が女将を継いだ時、義母は入院していたため、誰にも教えを乞うことができませんでした。なので、いまだに女将の仕事って何だか分かりません。雑用もこなす「何でも屋」だと思っています。

素人で女将になったので入社当初はできることが何もなく、マニュアルもなかったので、ずっと他の人の仕事を見ていました。あっ、ビールのグラスはこれで、これはここにしまうのね、といった具合に、本当に些細なことからすべて盗んで覚えました。

──ああ、教わるのではなく、盗んで覚えた。

〈宮﨑〉
あとは、分からないのをいいことに、疑問に思ったことは聞いて回りました。例えば、フロントからお客様をお部屋にお連れするメンバーが三人に固定されていたため、お待たせしてしまいクレームになることがありました。

フロント以外のメンバーは手が空いているのに何で手伝わないのか聞いたところ、「やったことがないから、やれない」って言うんです。なので、私がその仕事を教えてもらい、それをマニュアル化して他の部署の社員に配りました。そうして他の人にもやってもらったところ、意外と皆できたんです。

──やれないのではなく、やらなかっただけだったのですね。

〈宮﨑〉
それまでは他人の仕事に手出ししてはいけないような風潮があり、この仕事は私の仕事、このお客様は私のお客様というように、囲い込むことによって自分の付加価値を保ち、会社の財産として共有する意識がなかったんです。

でもお客様からすれば〝誰々の仕事〟というのは関係なく、トータルなサービスで評価しますので、おかしいと感じたところを少しずつ変えていきました。そうした努力の結果、2年後の2011年には黒字に転じ、顧客満足度も手応えを感じるまでになったのです。

でも、人って休まないとやっぱり心身共に調子を崩してしまうんですね。私も3年間働き続ける中で2回も点滴を受けましたし、まだ幼い子供たちにもなかなか会えずに、何のために働いているのか、何のために生きているのか、分からなくなった時期があります。

──業績の急成長に、心が追いついていかなかった。

〈宮﨑〉
きっと、同じスピードで働いてきた社員たちも同じで、疲れているのが目に見えていました。給料を上げてあげたくてもまだ金銭的な余裕はなかったので、だったらまずは休みかなと思い、有休を使うよう促しました。しかし、どうしても不公平感が出てしまうんです。休みをすぐに取れる人もいれば、予約が増えたので気になって半日出てくれる人、後輩を休ませるために休みを代わってくれる人もいて、数値的にも明らかに差が出ていました。

だったらもう会社自体に定休日をつくってしまえば、みんな一斉にお休みにできるよねって思ったんです

私も主人も以前はサラリーマンとして働いていたので、土日は家族と過ごすのが当たり前。なので、2014年1月から週休2日制を導入しました。銀行や周囲の人たちからは、「せっかく黒字化できたのに、営業日を減らすのか」と猛反対されましたが、冒頭で紹介したように、実際に定休日を設けても利益は上がり、離職率を下げることができました。

結果論ですが、館内の工事の日程が立てやすくなったり、定休日に旅館がテレビ収録の舞台として重宝されるなど、副次的な利点もありました。

成功の鍵はぶれずに逃げないこと

──心の支えにされてきたことはありますか?

〈宮﨑〉
心の支えというよりは、止まったら死んでしまうという、マグロの精神だったと思います(笑)。あとは諦めないこと。陣屋コネクトの導入の時など、私は従業員から目の上のたんこぶだと見られていたと思いますが、それほどしつこく、できるまでやり続けました。

面倒くさい案件や、重箱の隅をつついたようなクレームもありましたが、それでもぶれずに、逃げないで、その場その場で解決することが大事だと思います。でも、正直なところ、主人とはしょっちゅう喧嘩していました。一緒に働くといいことも悪いことも全部見えてしまうので、家に帰ると常にファイティングポーズでした(笑)。

──お互い本気だからこそ、本気で指摘し合われるのですね。

〈宮﨑〉
仕事と家庭の両立って本当に大変で、秘訣があったら私も教えてほしいです。二歳の息子と、生後二か月の娘は一日三交代制でいろんな方に支えていただいたからこそ、私は女将の仕事に専念することができました。

最近、「最後はいつも何とかなる」と感じていて、これまで急に社員が退社してしまい業務が回らなくなるなど、大変な状況が幾度もありましたが、工夫を凝らすことで人を増やすことなくやり繰りできました。変化って常に起こっていて、その時その瞬間でどうジャッジするかの積み重ねが人生だと思います。

実は、初年度に閉鎖したレストランは婚礼場として新装し、いまでは当社の売り上げの三本柱の一つになっていますし、休憩時間外に休憩する社員が減らなかったので、バックヤードの壁をすべて取り除いたことで、部門間の壁を解消できたこともあります。

──一つひとつの機を活かして、常に変化に対応してきたということですね。

〈宮﨑〉
あとは、すべて準備が揃うのを待つのではなく、スモールスタートで勝算6割で動き始めることも大事だと感じています

例えば、一人一台タブレットの導入を決定した時も、最初は2、3台だけ購入し、大きさや使いやすさなど社員の意見を聞いて一番よいものを徐々に買い足しました。いきなり全部揃えるのはハードルが高く、失敗した時に戻れなくなるので、小さく初めてそこから加速していく。それが変化に対応し成長していく陣屋流の秘訣だと思います。


(本記事は月刊『致知』2018年2月号 特集「活機応変」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇宮﨑知子(みやざき・ともこ)
昭和52年東京都生まれ。平成18年結婚。21年鶴巻温泉元湯陣屋旅館の女将に就任し、以後経営改革に取り組む。年商を約2倍の5.6億円に、旅館の稼働率も全国平均の約2倍の76%と奇跡の復活を遂げた。28年陣屋コネクトの設立に寄与する。

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