日本には「何のために?」が欠けている——特殊部隊創設者が語り合う日本の危機 荒谷卓×伊藤祐靖

陸上自衛隊、海上自衛隊にそれぞれ特殊部隊を創設した荒谷卓さん(写真右)と伊藤祐靖さん(写真左)。自衛隊退官後は、「熊野飛鳥むすびの里」代表として日本文化、日本精神を伝導する荒谷さんと、特殊戦指導者・作家として幅広く活動する伊藤さんのお二人に、軍事のプロの視点から日本を再生へと導く方箋を語り合っていただいた。(本記事は月刊『致知』2021年7月号 特集「一灯破闇(いっとうはあん)」より一部抜粋・編集したものです)

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何のために? が欠けている

〈伊藤〉
……いまの日本を見ていて思うのは、防衛にせよ、外交にせよ、コロナ対策にせよ、オリンピックにせよ「何のために?」という目的が分らないし、そもそもこの国が目指している行き先が見えないんですよね。

例えば、名古屋駅からこの「熊野飛鳥むすびの里」に行くにも、行き先が決まっているから途中で道を間違えたかどうかも分かるわけです。行き先が決まっていなければ、そもそも道を間違えたかどうかさえ分からない。

それと同じように、日本は何のためにあるのか、五年後の日本をどんな国にしたいのか、行き先をしっかりと決めれば、そのための方法論や解決策についての議論もより意味のあるものになるし、明確になってくるはずなんです。

目指しているものは「生命と財産」ではないはずですよね。そうだと言うのであれば、君は何のために生きているんだ? と聞かれて、「長生きして、金持ちになるためです」と答えているのと同じになってしまいますもんね。生命・財産はどうでもいいと言っているんじゃないんです。その命と金を何のために使うのか? そういう話がしたいですよね。

そこがないから、全く腹が見えてこない。これが政府に対する国民の不信感にも繋がっているのだと思います。

自衛隊でも、作戦を立てる時に「何のためにするのか」を徹底して問い詰めることで、すべきことが見えてくる。何のためにするのかがあれば、状況が変わったら、現場はそれに合わせてすべきことを修正していくことができますが、ないのなら、修正のしようがない。欠落だらけの指示でも、指揮官が何のために命じた指示なのかさえ分かれば部下は動けます。欠落しているところをカバーすることができるんです。企業でもそれは同じだと思います。

〈荒谷〉
全くその通りで、軍事組織が行動する時には、まず目的をはっきりさせる。その上で具体的なやり方、方法を考えていくんですが、まあ、方法なんてものは、実際にやるとうまくいく場合も、いかない場合もいっぱいあるわけだから、やりながら考えればいいんです。

ただ、目的さえ皆がしっかり理解していれば、いろんな考え方も出てきて、途中で修正も利くし、最終的には目指すところに何とか辿り着くと思うんですね。

伊藤さんが言ったように、いまの日本には行き先が見えないことに加えて、本当に日本人が日本の国益のために意思決定しているのか、果たしてその意思決定の仕組み・実体があるのかさえ分からないところがある。だから、コロナ対策にせよ、国民的な議論も同意もないままに物事が決められ、進められているんじゃないかと、政治への不透明感を多くの日本人が抱いているのだと思います。

日本が直面している様々な危機や課題は、それほど複雑なものではないと私は思っています。国民全体で議論し、目的を決め、意思統一して当たれば必ず解決できるはずです。状況が不透明なのではなく、目的・意思が不透明なのが日本の最大の危機なんですよ


◇荒谷卓(あらや・たかし)

昭和34年秋田県生まれ。東京理科大学卒業後、57年陸上自衛隊に入隊。陸上幕僚幹部防衛部、防衛庁防衛政策局戦略研究室勤務の後、米国特殊作戦学校への留学を経て、帰国後に特殊作戦群初代群長となる。研究本部研究室長を最後に平成20年退官。一等陸佐。21年明治神宮武道場「至誠館」館長に就任。30年国際共生創成協会「熊野飛鳥むすびの里」創設。農、学、武を通じて日本文化社会の国内外への普及活動に取り組んでいる。著書に『戦う者たちへ』『サムライ精神を復活せよ!』『特殊部隊vs.精鋭部隊』(いずれも並木書房)などがある。

◇伊藤佑靖(いとう・すけやす)

昭和39年東京都生まれ。日本体育大学卒業後、海上自衛隊に入隊。「みょうこう」航海長在任中の平成11年3月、能登半島沖不審船事件を体験。それを契機に、自衛隊初の特殊部隊「特別警備隊」の創設に関わる。19年2等海佐で退官。各国の警察、軍隊への指導で世界を巡り、国内では、警備会社等のアドバイザーを務める傍ら私塾を開き、現役自衛官や経営者らに自らの知識、技術、経験を伝えている。著書に『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』(文春新書)『自衛隊失格私が特殊部隊を去った理由』『邦人奪還―自衛隊特殊部隊が動くとき―』(共に新潮社)などがある。

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