田辺聖子が語る、古典のおもしろさ・奥深さ

恋愛小説から軽妙な語り口のエッセーまで、幅広い分野で活躍された文化勲章受章者の小説家、田辺聖子さんが6月6日午後、神戸市内の病院でお亡くなりになりました。91歳でした。弊誌『致知』でも何度か誌面にご登場いただきましたが、特に幼少期から親しんでこられた古典のおもしろさ、奥深さについて語っています。その一部をご紹介し、生前のご活躍を偲びつつご冥福をお祈りいたします。

終戦後は読む本がなくて古典ばかり

(田辺)
(学校は)戦前の女子専門学校の国文科ですが、学徒動員で工場なんか行かされましたから、あまり勉強していないんですよ。

しかも昔の女専というのは硬直してまして、近松の研究家の先生が近松の講義をなさいますが、「これは姦通(かんつう)物でありまするからして、教室でお講義ができません」って。

近松から姦通物を取ったら何が残るという感じで、学校で習ったのはおもしろくなかったですね。

終戦の年に卒業して、父がもう亡くなっていましたから、卒業式の明くる日から勤めに出なくてはなりませんでした。当時、大阪は一面焼け野原で本屋もないし、あってもすごく高くて勤め帰りに読む本がないんですよ。

それでしょうがないから、学校のテキストの古典ばかり読んでいたの。わけがわからへんのにね。

そのころに昔々の岩波の『柳多留』(やなぎだる)の文庫本を持っていたんですが、江戸の風習もわからないし、言葉もわからない。でもときどきはわかりやすいのがあるんですよ。

「泣き泣きも良い方を取る形見分け」なんていうとわかるわけね。わかったのにだけ丸をつけていったりして。

自分で勉強して『新源氏物語』を書く

そんなんで教科書の王朝物でも、わかりやすいのから読んでいった。例えば『大鏡』はわかりやすいんです。

逆にわかりにくいのが『源氏物語』で、その次が『蜻蛉日記』。主語がどこにあるかわからないから原文ではとっても読めないですね。

そのうちに世の中が収まってきて、「谷崎源氏」とか「与謝野源氏」が、大正に出来上がっていたんですが、戦後復刊されて出てきましたから、そんなので読みましたけどね。

はっきり言って、「谷崎源氏」なんか読めないですよ。よく「須磨がえりする」って言いますけど、須磨の章くらいまで読むと退屈になってやめてしまう。

あれは読みにくいのね。なるべく原文の面影を残そうとして、雰囲気にこだわるからかえって読みにくい。源氏というのはものすごく迫害される小説だけれど、皇室のことが載っているからそのまま書くと不敬罪になる。

戦前に書かれましたからね。戦後書き直しをされたけれど、「谷崎源氏」ははっきりいってつまらない。

こんなものを読んでいたらもうあかんわと思って、自分でいろいろ読んで勉強して、昭和50年代には『新源氏物語』を書きました。本編が5巻で、宇治十帖が2冊でしたかね。原典をいっぺんばらして、現代小説風に書きました。

古典は読まないともったいない

日本はどうして(古典を)暗唱(あんしょう)させないんでしょうね。日本だっていい詩がいっぱいあるし、それから五・七・五が自然に口から出てくるようになっているんですからね。

ああいうものを子どものときは苦労なく覚えるでしょう。例えば百人一首でも、藤原清輔の歌ですが、

「ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂(う)しとみし世ぞ いまは恋しき」

なんていうのは、そのときはわからないけど、七十になってみたら「えらい歌や」と思う。

長生きしていたら、あんな苦労したあの時代でも恋しいのだから、まあ、生きていこうか」という歌ですよ。これはすごいですよ。後になってわかってくる。

苦労もし、いい思いもしてやっとわかる、古典ってそういうものでしょうね。読まないともったいないし、伝統を断絶させないようにすることはもう焦眉(しょうび)の急です。

小さいうちから慣らしめないと。小学校によっては百人一首を教えているところもあるんですよ。

(本記事は『致知』2002年4月号 特集「我流古典勉強法」より一部抜粋したものです。あなたの人生や経営、仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

田辺聖子(たなべ・せいこ)
昭和3年大阪府生まれ。樟蔭女子専門学校国文科卒。38年『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)』で第50回芥川賞受賞。軽妙洒脱な作風で女性読者の圧倒的支持を得ている。著書多数。

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